前回は、「インダストリアル・インターネット」について説明しました。今回は、バリューチェーンを構成する「4つのプロセスチェーン」とは何かを見ていきます。

価値の「企画」「創造」「提供」「フォロー」

「バリューチェーン」という言葉を初めて用いたのは、ハーバード大学のM.ポーターの『競争優位の戦略』である。ポーターのバリューチェーンは、図のような構造をしている(以下の図表1参照)。ポーターのバリューチェーンは、マージンを得るための組織機能のつながりを示したものである。

 

[図表1]M.ポーターの「バリューチェーン」

 

ビジネスは、顧客に価値を提供して、対価を得るサイクルで維持・成長する。この価値の企画・創造・提供・フォローがビジネスの基本サイクルである。

 

この価値の流れの観点からビジネスを見ると、ビジネスのオペレーションは、一連のプロセスのつながり(「プロセスチェーン」)で構成されている。先に示した『価値の流れ』をもう少し、具体的な表現にして、遂行の順序で並べると、ビジネスの主要活動は、以下のように、大きく5つの仕事の塊と流れで構成されている(以下の図表2参照)。

 

[図表2]ビジネスを遂行するプロセスの順序

 

①ターゲット市場を決めて、投入する商品を企画する(マーケティング)

②企画された商品を具体化する(商品開発設計)

③商品を顧客に売り込み、オーダー(注文)を取る(営業)

④オーダーに応じて、商品を生産し、供給する(生産と供給)

⑤アフターサービスを提供する

 

これら①〜⑤のそれぞれは、一連の業務の塊であることから、それぞれに名称を付したのが、上の図表2である。

 

①と③は、『デマンドチェーン』、②は、『エンジニアリングチェーン』、④は、『サプライチェーン』、⑤は、『サービスチェーン』と名付ける。これらの名称を用いて、図表1を描き直したものが、図表2である。プロセスチェーンの矢印は、当該プロセスが働きかける対象の方向を指している。

 

本連載では、バリューチェーンを基本的に、デマンドチェーン、エンジニアリングチェーン、サプライチェーン、サービスチェーンの4つのプロセスで構成される、という約束で記述する。

 

注:ここで、「プロセス」と述べたが、実際には、複数のプロセスで構成されており、正確には、「プロセスチェーン」となっているが、以下では、特に「チェーン」を強調する必要のある場合以外は「プロセス」の表現で統一して、記述する。

プロセスチェーンは「製造業のサービス業化」の鍵

改めて整理すると、4つのプロセスとは、以下の4種類をさす(図表3、図表4参照)。

 

[図表3]バリューチェーンの構成

 

[図表4]バリューチェーンを構成するプロセスチェーンの関係

 

①マーケティング、営業を担う「デマンドチェーン」

②商品を創造する「エンジニアリングチェーン」

③商品を供給する「サプライチェーン」

④顧客の商品活用をサポートする「サービスチェーン」

 

この4つのプロセスそれぞれの意味は、以下の通りである。

 

デマンドチェーンは、「ビジネス活動の入力機能」である。具体的には、「市場・顧客要求<デマンド>を基本にした企画プロセス」を指す。つまり、「市場・顧客」から、ニーズや課題情報を収集し、「自社の事業定義により設定した商品・サービス」と突き合わせ、「自社保有商品群」でその要求に対応可能なら、それを顧客にPRして受注につなげる。

 

新しい要求であればその市場性を調査し、ビジネスになると判断した場合は開発部隊に(技術)シーズの確認をして、「商品企画」を立案して提案する。提案を受けて、開発するか否かの事業性判断を行い、事業化(商品化)決定した場合は、商品企画を、エンジニアリングチェーンに渡す。

 

この一連の業務プロセスが、「デマンドチェーン」である。また、商品を顧客に売り込み、注文を取り、売り上げ回収を担う「営業(販売)」機能も個々に含まれる。

 

「エンジニアリングチェーン」は、「ビジネス活動の中間(変換)機能」の位置付けである。つまり、「デマンドチェーンから渡された『商品企画』を『商品』に仕上げるプロセス(開発設計)」を指す。

 

つまり、商品企画を入力情報として、商品として実現するために、「保有または開発途上の(技術)シーズや外部の技術を組み合わせて商品仕様(設計仕様)を固め、試作による検証・評価を経て、量産仕様を確定し、生産準備を進めて、生産・調達部隊に引き継ぐまでの仕事の固まりを指している。

 

サプライチェーンは、「事業全体からみると出力機能」となる。つまり、「サプライチェーン」は、「エンジニアリングチェーンで確定された生産仕様に従って、必要資機材を調達し、加工・組立てして商品に仕上げ、顧客に供給して、受領確認を貰うまでの一連のプロセス」を指す。サプライチェーンは、顧客から受注(オーダー情報)によりキックされる。これを受け、必要な材料・部品を調達し、生産し、商品を顧客に届ける。

 

「(製造業において)生産やオペレーションは、一般的にコストの80%を消費している」といわれるように、この領域がもっとも投入した経営資源が多く、要員数も多いため、これらの管理も経営上極めて重要な機能である。

 

また、ビジネスのグローバル化に伴い、コスト増要因だけにとどまらず、海外コンペティター拡大も加わりコスト競争激化度合いが飛躍的に高まり、さらには為替リスクが加わって、グローバルレベルでの消費地近接型生産に加え、人件費の安い国からの調達の組み合わせが常態化している。

 

生産構造の管理や生産そのものの管理も複雑化しており、サプライチェーンは、一層、重要性を増している。

 

サービスチェーンは、BtoC商品で売り切りの商品の場合、存在しないケースもあるが、BtoC商品でも、高価格の耐久消費財の、故障や劣化損耗修理、あるいは、保守のサービスの形で顧客にサービスを提供する機能である。BtoB商品の中でも、工作機械や建設機械等は、サービスチェーンが製品更新タイミングでの売り込み・受注につながる重要な役割を担っている。

 

サービスチェーンは、設計、生産・供給上の不具合を、設計や生産にフィードバックする役割も持つ。同時に、この業務領域は、新たな顧客ニーズ捕捉や、顧客との信頼関係醸成を行う業務領域でもある。IoT時代は、サービスチェーンを糸口にマーケティングにつなげる仕組みが重要になってきている。また、製造業が「モノづくり業」から「サービス業」化するための鍵になる重要な領域である。

 

この商品が時の流れの中で陳腐化したり、顧客がより高次の要求をしてきたり、コンペティターや他の商品が新たな使用価値を提供し始めると、当然、自社商品は売れなくなる。すると、またデマンドチェーンが動いて、エンジニアリングチェーン、サプライチェーンと回って、新たな商品を提供する、というサイクルが回り続けて、初めて事業は継続できることになる。

 

4つのプロセスのうち、デマンドチェーンとサービスチェーンは、設計の仕方によって、顧客とのつながりの深さが左右されるため、IoT/AI時代のビジネスのカギとなるプロセスといってよい。

 

最近は、サプライチェーンの顧客接点部分に、デマンドチェーンとサービスチェーンの一部を組み込んだ形になる例も多い(コールセンターなど)。

 

「チェーン」という概念は「仕事の連鎖(つながり)」に着目した事業構造把握の考え方であり、これにより事業全体を一連の仕事の流れで把握でき、どこが現在のボトルネックかも、流れの状況を確認する中で分かり、その原因の追求も、仕事のつながりを辿っていくことでつかめ、「プロセスアプローチ」の有効性が生かせる考え方である。

本連載は、2018年7月3日刊行の書籍『IoT時代のバリューチェーン革命』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

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長谷川 建一

扶桑社

シティバンクグループのニューヨーク本店にて資金証券部門の要職を歴任し、日本に「プライベートバンク」を広めた第一人者である著者。現在は香港に自ら設立した『Wells Global Asset Management Limited』の最高経営責任者と…

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