<あらすじ> 雪江は望にハウスキーパーとして紹介された元ホストの巧と愛人関係になる。人材派遣会社を経営する望は、足繁くホストクラブに通い、主婦好きしそうな若い男性を水あげしているのだ。とはいえ顧客との肉体関係は御法度としているのだが…? 一部の富裕層しか知らない「愛人」を持つことの金銭的な損得勘定に真剣に迫るリアル小説、妻編〜第6回。  

ハウスキーパーとして巧がやってくる週3回のうち、月曜だけは雪江の休日と重なっている。週に一度の逢瀬は、雪江にとってかけがえのない時間だ。

 

乱れたベッド。クシャクシャになったシーツ。その上で、裸の男女は何度も絡みつく。

 

「もうダメ、喉カラカラ」

 

「お水持ってきますね」

 

寝室から出て行く巧の背中は、精悍で美しい。20代の男は皆、あのくらい引き締まっていただろうか。はるか昔の恋人たちを思い出そうとしても、記憶は薄れている。

 

振り返ってみれば、雪江はそれほど恋愛経験がない。医大時代の同級生、大学病院時代の先輩、今のクリニックで出会った夫…… 片手でも余るくらいしか男を知らないくせに、彼らの肉体を思い出せないのは、あまり情事が好きではなかったからだ。

 

女は熟すほど性欲が増す、と何かの文献で読んだことがある。雪江はこれまで自分のことを淡白だと思い込んでいた。だが、巧に抱かれて以来、自身の「女」を持て余すほど開花してしまった。

 

毎日顔を合わせる夫とは1ミリもしたいと思わないのに、巧の顔を見た瞬間、早く抱かれたくてウズウズしてしまう。性に目覚めたばかりの思春期の高校生みたいだな、と雪江は自嘲した。

 

***

 

どれほどベッドが乱れても、その後は巧がキレイに整えてくれる。ダイニングテーブルの上でノートパソコンに向かいながら、雪江は巧の仕事ぶりを盗み見ている。すでに掃除や洗濯も終わり、後はスーパーの買い出しと晩飯用の作り置きだけだ。

 

「あと2時間ぐらい余裕なんで、何か他に頼むことないですか?」

 

「……もう1回、巧くんとしたいな」

 

「もうシーツ交換しちゃいましたよ」

 

「だよね。じゃあ物置の整理、手伝ってもらってもいい?」

 

そのうちやろうと思っていながら、なかなか手をつけられない家事は山ほどある。夫婦が共働きの場合、ルーティンの家事でさえも手抜きになりがちで「今すぐでなくてもいい家事」は、年単位で後回しになりがちだ。

 

子供のいない夫婦に3LDKのマンションは広い。夫の書斎、夫婦の寝室、そして余った部屋は物置と化している。主に消耗品のストックと、季節外の物と、結婚前から捨てられずに持ってきた雑多な物が、そこにはしまわれている。

 

「ゴミ袋を持ってきてくれる? 私がいらないものを出していくから、分別してちょうだい」

 

巧がキッチンにゴミ袋を取りに行っている間に、雪江は棚の端から不用品のチェックを始めた。

 

(……これ、なにかしら?)

 

ふと、見慣れない紙袋が目に入った。紙袋の状態からして、最近置いたものだろう。
身に覚えのないそれが夫の物だということはわかっていたが、ひとまず中を確かめた。

 

女物の靴。

 

24センチは、雪江には大きすぎる。

 

(まさか、夫にも愛人が……?)

 

「ここに置いてあるものは、捨てていいんですか?」

 

戻ってきた巧が、床に積まれた本を指差した。

 

「本はリサイクルだから、紐で縛ってね」

 

慌てて紙袋を元の場所に戻し、雪江は断捨離の続きを始めた。

 

***

 

「倉田さんそこそこ稼いでるし、外に女がいてもおかしくはないよね。愛人ほどガチじゃないにしても、お気に入りのホステスとか」

 

「時々飲みに行ってるのは知ってるけど、女遊びするようなキャラじゃないんだけどな」

 

「真面目そうだもんね。遊び慣れていない男ほど本気になるから、ややこしくならなきゃいいけど」

 

「本気になったら、どうなるの?」

 

「それは雪江が決めることでしょ。離婚したって雪江はひとりで充分やっていけるし、巧くんのこと考えたらお互い様って気もするし」

 

「……」

 

別の女の気配を嗅ぎ取った瞬間、雪江の中には2つの感情が生まれた。

 

安堵感、そして焦燥感。

 

実はお互い様だったとなれば、雪江の中の罪悪感は薄まる。

 

反面、妻と愛人を並行させられる男だったと知れば、自分の中の「女」が否定されたような気分にもなる。

 

「ま、しばらく泳がせてみたら? 決定的なボロが出たら、たっぷり慰謝料貰って離婚すればいいじゃない」

 

「お金で解決できちゃうような関係だとしたら、これまでの結婚生活ってなんだったんだろう……」

 

「解決とは違うよ。気持ちの部分で収まりがつかないなら、お金で無理やり納得させるしかないじゃん」

 

「それはそうだけど……」

 

巧との関係も、半分はお金で成立している。恋人契約について「お手当」を払っているわけではないけれど、なんとなくタダで繋ぎ止めることはできないような気がして、巧に抱かれた月曜日は、いつも何かをプレゼント(※)している。

 

〜監修税理士のコメント〜

※ハウスキーパーへの贈答品は経費で落とせるか

編集N ハウスキーパーとクライアントという関係ですが、プレゼントを「経費」として計上できるのですか? しかも毎週って…。

税理士 贈答品(プレゼント)は、得意先や仕入先といった事業に関連する人へのもので常識的な金額であれば交際費として経費にすることができます。プレゼントすることによって良好な関係を維持することができて、将来の利益につながることになりますからね。しかし、ハウスキーパーは会社の事業とは関係がないですから難しいですね。

編集N プレゼントを与えることで、モチベーションが上がって、めちゃくちゃ丁寧に掃除とかやってくれるかもしれませんが、ハウスキーパーではやっぱりダメですかね…?

税理士 オフィスを清掃してくれる人やオフィスが入るビルの管理人さんへのプレゼントであれば経費の可能性もありますが、自宅専用のハウスキーパーでなおかつ愛人となると、金額の大小に関わらずアウトですね。

 

夫がいて、平和な結婚生活を送っていて、若い男の愛人もいる。

 

そこだけ切り取れば、女としてはコンプリートかもしれない。

 

だけどなぜだろう。

 

体を満たされていても、心が満たされているようには感じない。

 

24センチの靴を履く女。

 

きっと雪江より背が高く、若くて可愛らしい子だろう。

 

これが嫉妬の感情なのかはわからない。傷ついた女のプライドなのかもしれない。

 

夫を繋ぎ止めるほどの愛情はもうないけれど、女として負けたくない意地はある。

 

女は、菩薩にも般若にも化ける。

 

雪江の中から、般若が不意に顔を出した。

 

(つづく)

 

 

監修税理士:服部 誠

税理士法人レガート 代表社員・税理士

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この物語はフィクションです。

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