女の友情には、いろんな形がある。
お互いの「恥ずかしい思春期」を知っている学生時代の親友、同僚やママ友のように「私たち似た者同士よね」という前提でマウンティングし合う上辺だけの友達、歳の離れた姉御と妹的な関係、同じタレントのファン同士といった「目的(対象)物ありき」の関係……。
マナミとユカリは、そのどこにも属さない「悪友」だ。
「女」を売る仕事に就く女には、2種類のタイプがいる。
ひとつは「お金のため」とイヤな仕事も割り切るドライなタイプ、もうひとつは男に期待して裏切られても執着するウェットなタイプ。ユカリは典型的な前者、マナミはどちらかといえば後者だろう。
違うタイプの女同士は、共感することが少ない分、普通は仲良くなりにくい。ましてや同じ店のホステスとなれば、表面上は仲のいいフリをしても、実際は売上を競って火花を散らすばかりだ。
それでもマナミとユカリは仲がいい。店を辞めてもなお友情が続いているのは、ユカリに憧れるマナミと、懐いてくるマナミを可愛がるユカリという関係を、お互いが心地よく感じているからだろう。
「もしかして……あの男が本命?」
先日ユカリが腕を組んで歩いていた男について、マナミは直球で尋ねてきた。
「ミッチーには内緒よ」
悪びれるでもなく、ユカリはへへッと照れ笑いした。
「ミッチーと違って愛人契約はしてないけど、彼氏とも違うかな。まー世間的には不倫よね。奥さんいるし」
「離婚して欲しいとは思わないの?」
「ないない! 私、結婚願望ゼロだし」
「えー!? じゃあずっと独りでいいの?」
「恋人を作らないつもりはないよ。ただ一緒に住むとか誰かの世話をするとか、面倒くさい」
「クールだなぁ、ユカリは」
ホステス時代から変わらない。ユカリはどの客にも「あなたが一番」みたいなフリをして、誰にも心を許していなかった。その捉えどころのないクールさが、男を夢中にさせる才能でもあるのだが。
「マナミのほうはどうなのよ。本命の男、ちゃんといるんでしょ?」
「……いないよ」
「まさか、倉田さんに惚れたりしてないよね?」
「そこは割り切ってるから大丈夫」
この間まで、マナミの気持ちは倉田に傾きかけていた。
しかし数日前、たまたま旧友の男と再会したあたりから、事態がややこしくなってきた。
男は「家ないから泊めて」とマナミの部屋に転がり込んできた。仕事を辞めて、社員寮を追い出されてしまったらしい。数日間なら……と泊めたはいいが、ただの友達だったはずの男に誘われ、うっかり寝てしまった。以来、男はマナミの部屋の居候と化している。
マナミのようなタイプの女は、寝た男に情が湧いてしまう。
愛人に感情移入するリスクを分散するという意味では、別の男の存在はマナミにとって救いになるはずだ。だけど本気かと問われれば、違うような気もする。
このことは、まだユカリには内緒にしておこう、とマナミは本能的に思った。
女に金を出させるような男をユカリは好まない。男を軽蔑するだけでなく、そんな男を好きになりかけているマナミを、ユカリはよく思わないだろう。
マナミは察した。
一番嫌われたくないのは、どの男でもなくユカリだと。
+ + +
自分に本命以外の愛人がいると、他の人にも愛人がいるのではないかと疑心暗鬼になりやすいものだ。やましさを抱えた人間は、己を正当化するために「自分だけじゃない」と思い込みたくなる。
倉田が妻の変化に気づいたのは、マナミと愛人契約してから2ヵ月ほど経った頃のこと。
それまでは、愛人を持ったことが発覚しないよう気をつけることばかりに意識が向いていた。しかし恐れは杞憂だったらしい。うっかりカードの使用明細を妻に見られても、妻は特に何も言わなかった。もしかすると、バレる以前に妻は倉田に対し興味を失っているのかもしれない。
妻はこれまで、自分に支払われている役員報酬(※)について気にしていない様子だった。
倉田の会社の非常勤役員として、妻も名前を連ねている。たいした額ではないが、それに対する報酬も毎月振り込んでいる。
そもそも妻には別に本業がある。フリーランスとはいえそこそこ稼いでいるらしく、役員報酬は「勝手に振り込まれるもの」くらいにしか思っていなかったはずだ。
なのに先日「私の役員報酬って、どういう基準で算出しているの?」と訊いてきたからびっくりした。
適当に決めた、だなんて言えないから「会社の業績に応じて毎年検討してるよ」と答えておいたが、妻は怪訝な顔をした。
「あなたの会社、けっこう利益出てるんじゃないの?」
「そうだね。でも、事業拡大を考えているから、出ていくほうも多いよ」
嘘ではない。だが実態は、余裕が出たぶん投資もしてるし、その投資先のひとつは愛人だったりする。
「足りないなら、都合するよ」
「違うの。むしろお金は要らないから、役員から外してもらえないかなと思って」
「どうして?」
「私も起業しようかと思ってるから」
※家族を自分の会社の役員にすることについて
編集N 個人事業主から法人化したような超零細企業において、配偶者を役員にするのはよくあるケースですよね? 社長ひとりで高額な役員報酬を受取るより、配偶者を役員にして役員報酬を分けて出すほうが、税率が抑えられるだけでなく、所得控除も二人分となるためトータルの税金が安くなると聞きます。
税理士 はい、その通りですね。例えば、社長一人で1,000万円の役員報酬を受け取るケースと、社長の役員報酬700万円と配偶者の役員報酬300万円の合計1,000万円で受け取るケースを比較した場合、後者の方が所得税や住民税の総額は少なくなります。それは給与所得控除を二人で適用できる点と、報酬を二人に分散することで所得税の税率を抑えることができるからです。
しかし、配偶者に役員報酬を支払う場合には、配偶者がその役員報酬に見合う職務を行っていることが大前提になります。名前だけの役員で全く会社の経営にタッチしていない場合には、そもそも役員報酬自体が認められませんので注意が必要です。
倉田の妻は名義だけの役員のようですのでアウトですね。
編集N 実際、どのくらい関わっていれば、認められるのですか?
税理士 従業員の給料は労働の対価としての支払いになりますが、役員報酬は従業員と違い会社の経営に従事することの対価となります。従って、常時会社に出勤して労働することが求められる訳ではありません。会社経営の重要事項に関してどれだけ参画しているかがポイントになります。例えば次のような会社の重要事項の意思決定に加わっていれば役員報酬を支払うことが可能です。
・会社の経営方針や事業計画の決定
・組織変更や配置転換の決定
・従業員の採用の決定
・従業員の労務管理や給与賞与の査定
・銀行借入の計画や銀行との交渉
・多額な設備投資の決定
・会社にとって重要な契約に関する決定 など。
非常勤役員に対する役員報酬がある場合には、税務調査でも職務の実態を必ずチェックされますのでご注意ください。
(つづく)
監修税理士:服部 誠
税理士法人レガート 代表社員・税理士