<あらすじ> 倉田に「愛人のメリット」を説き、マナミを紹介した山本。倉田とマナミが戻れない関係に嵌りつつある一方、山本とユカリは大人な愛人関係を築いているように見えたのだが…? 一部の富裕層しか知らない、「愛人」を持つことの金銭的な損得勘定に真剣に迫るリアル小説、男編〜第5回。

 

仕事とプライベートを切り離すことは、デキる男の基本だった。

 

しかし21世紀は「遊ぶように仕事をし、仕事をするように遊ぶ」生き方が支持されているらしい。

 

「じゃあユカリちゃん、『プー助』をよろしくね」

 

「わかりました。お預かりします」

 

Tシャツジーンズ姿で山本の会社へやってきたユカリは、いつものようにトイプードルのプー助を抱っこし、キャリーバッグの中に収めた。

 

ユカリが山本の愛人だということは、社内では秘密だ。もしかしたら既にバレているかもしれないが、あえて公言したりはしないし、誰も指摘することもない。

 

ユカリが犬を預かりにきたのは、トリミングをするためだ。

 

トリマーに扮装しているわけではない。ユカリはプロのトリマーだ。ホステスになる以前、ユカリはペットショップでトリマーをやっていたのだ。

 

「プー助くん、お待たせー」

 

タクシーで自宅に戻ってきたユカリは、キャリーバッグから犬を取り出し、慣れた手つきで準備を始めた。

 

昔取った杵柄。まさかトリマーの技術が今になって役に立つとは。

 

山本の会社で犬を飼い始めた(※)のは、ペットショップのECサイトを作ったことがきっかけだった。

 

〜監修税理士のコメント〜

※ 企業のマスコット犬は経費にできる?

編集N 山本が会社でペットを飼い始めたきっかけが、業務のためだから、これはOKな気がする。

税理士 ペットが会社の広告塔(宣伝用のマスコット犬など)になっていたり、社員や訪問客を和ましていたりして、会社の収益に貢献している場合にはペットの購入費用を会社の経費にすることができます。ただし、購入費用が30万円を超える場合には一括で経費にはできず「固定資産」として処理する必要があります。その場合には一定期間(耐用年数)に渡って減価償却費として経費になりますのでご注意ください。犬や猫の耐用年数は8年になります。

きちんと会社の帳簿に記載するようにしましょう。

また、会社でペットを飼っているときの餌代や治療代も、会社の経費にすることができます。


編集N 高いペットを飼いたかったら、社長になるのも手ですね!?

税理士 会社で購入するわけですから、「番犬」や「マスコット犬」として常に会社にいるか会社の業務に従事しているなど、会社の収益に結びついていることが前提です。社長個人が自宅で飼っているペットを会社に連れてきているだけでは認められませんので気を付けてください。


編集N 本編の山本の場合は、どうですか?

税理士 山本の場合、ペットのECサイトを作っていますし、あくまで犬は会社所有として飼い、オフィスを閉める時間は山本が世話役として連れ帰るということであれば、問題ないでしょうね。

編集N ところが、じつはこれもユカリのためだったんですよ…。

税理士 えっ。

編集N 本編の続きをどうぞ!

 

リリースしたサイトをユカリに見せていた時「いいなー。犬飼いたいなー」とユカリが言った。

 

「買ってあげたいのは山々だけど、あのマンション、ペット禁止なんだよね」

 

「そっかー、残念」

 

そこで一度は諦めたものの、たまたま山本が訪問した取引先のオフィスで「マスコット犬」に遭遇し、 気持ちが変わった。

 

最初は社員たちも「社内で飼うなんて無茶ですよ」と反対していたが、オフィスを閉める時間は自宅に連れて帰ることを条件に、 山本は無理を押し通した。

 

しかし実際飼い始めてみたら、社員たちは仕事そっちのけで犬の世話をし、深刻な打ち合わせをしにやってきた訪問客までも顔がほころび、巻き込まれた妻も自分の子供のように可愛がっている。思いがけなく犬が運んできた皆の笑顔に、山本は上機嫌だった。

 

「この子のトリミングどうするの? 私がやろっか?」

 

マスコット犬の写真をユカリに見せたら、意外な提案をされた。

 

ユカリが元トリマーだったことを、山本はこの瞬間まで知らなかった。犬好きが高じてトリマーになったはいいが、大変な肉体労働のわりに給料は安かったらしい。

 

「それで水商売のバイト始めたんだよね。結果、そっちが本業になっちゃったけど」

 

「知ってたら、ペットOKのマンションにしたんだけどな。すまなかった」

 

「別にいいよ。それに毎日世話するより、たまにこうやって触れ合うだけの方が楽だもん」

 

(俺にとってのユカリと同じだな)と山本は思ったが、口には出さなかった。

 

+ + +

 

犬のトリミングは月に1回。

 

その日は例外的に、山本はユカリの部屋に泊まる。

 

「奥さんには何て言ってあるの?」

 

「会社で徹夜。昔から仕事で泊まることはしょっちゅうだし、疑われたことはないよ」

 

「プー助も、会社に泊まっていることになってるのね」

 

「ああ。 実際、本当に泊まりの時もコイツは一緒だからな」

 

犬は車で通勤する時に乗せてきているので、山本が帰る時に一緒に連れて帰ることになる。

 

「飲みに行く日はどうしてるの?」

 

「その時は妻が迎えに来てるよ。ついでに車を運転して帰ってもらってる」

 

「しょっちゅう会社に泊っても平気なら、もっとウチにも泊まればいいのに」

 

「あんまり長い時間一緒にいると、帰りたくなくなりそうで怖い」

 

「うまいねミッチー。だから好き♪」

 

抱きつかれた山本は、そっとユカリの腰に手を回し、寝室へと誘導した。

 

リビングに取り残されたプー助は、自分のために用意された犬ベッドで丸くなった。

 

+ + +

 

可愛い犬と戯れ、愛人の山本とゆっくり過ごした翌朝は、慣れているはずのひとりぼっちが少し寂しく感じる。

 

だが感傷に浸るのもわずかな時間だ。山本と食べた朝食の皿を片づけ、シャワーを浴び、化粧を終えた頃には、すっかり気分が変わっている。

 

(そろそろ出た方がいいわね)

 

タクシーを呼び、都内のシティホテルへと向かう。

 

スマホに届いたメールで部屋番号を確認し、真っ直ぐエレベーターに乗る。

 

他にも「パパ」がいることは、もちろん山本には内緒だ。

 

愛人的な意味での本命は山本だが、週に1回、飲みに連れてってもらったりマンションへやってきて抱かれたりするだけの生活では物足りない。

 

マンションを与えられ囲われている立場としては、いつ連絡が来ても会えるよう、勝手な振る舞いは控えるのが順当だ。

 

だけど山本は知らない。もう一人のパパの方が、ずっとユカリと長く愛人関係にあることを。

 

「まだトリマーやってるの?」

 

「ええ。今はお店じゃなくて、個人の飼い主さんと契約してやってるから気が楽だわ」

 

「あの時はすまなかったね」

 

「いいのよ。今もこうして会えるだけで嬉しいから」

 

トリマーを辞めた理由を、山本には「給料が安かったから」と言ってある。

 

しかし事実は、店長とデキてしまったことが原因だ。

 

副店長であった妻にバレてその店はクビになったが、ほとぼりが冷めたのちユカリと店長は再会し、愛人関係を続けている。

 

ご馳走になったりはするものの、お手当を1円も貰っていない関係は、愛人ではないかもしれない。ただの不倫と言ってしまえばそれまでだが、奥さんと離婚し自分と一緒になることを望んでいないユカリは、今の関係に満足している。

 

数時間後、ユカリと店長はホテルを出て、隣接のショッピングセンターへと歩いて行った。

 

(えっ……どうして!?)

 

偶然すれ違った女が振り向き、仲良さげなふたりの背中をじっと凝視していた。

 

 

(つづく)

 

 

監修税理士:服部 誠

税理士法人レガート 代表社員・税理士

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この物語はフィクションです。

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