従来の街のイメージ、先入観にとらわれるのは危険!
自分の目で確かめることもなく、それまでの街に対するイメージ、先入観にとらわれて判断するとたいへんなミスを犯しかねません。
たとえば東京圏では、世田谷区といえば多くの人たちの憧れの的であり、賃貸住宅の家賃相場もかなり高くなっています。同じ広さの物件なら、城東・城北エリアの5割増しの家賃を取れる――そんなイメージを持つ人も多いはずです。「世田谷アドレス」にはそれほどのブランド力がありました。
それが徐々に変わりつつあります。最近の若い世代は古いブランドイメージにとらわれずに、現実的な利便性などを基準に居住地を判断する傾向があります。自分たちの勤務地が新宿や渋谷であれば、家賃の安い板橋区や練馬区でもいいと考えます。事実、板橋区や練馬区には、東京メトロ副都心線やJR埼京線の開通などによって、都心へのアクセスが世田谷区以上に便利になっている所も増えてきました。世田谷区ではひとつの路線しか使えないエリアが多いのに対して、板橋区や練馬区なら私鉄やJRのほかに地下鉄など複数路線が利用できるエリアも少なくないのです。
また、世田谷区は古くからの住宅街が残っているため、道幅が狭い上に一方通行の道も多く、バスも駅前に入ってこられないといったエリアが少なからずあります。当然駅前などには大型スーパーも少なく、生活利便施設に恵まれているとはいえません。昔から住んでいる人は、「だからこそ静かでいい」というのですが、若い人にとっては住みにくさになりかねません。
それにもかかわらず、賃貸住宅のオーナーはいまだにエリアの古いブランドイメージにとらわれています。特に、先祖代々の土地を受け継いだ地主さんにその傾向が強く、人気のエリアのはずだから周辺の各区に比べて高い家賃を取れるという思い込みからなかなか逃れられません。そんな先入観は賃貸住宅経営を危ういものにします。
プロ野球解説者の野村克也氏も、「固定観念は悪、先入観は罪」であると著書の中で述べています。知識や情報を得ることは非常に大切ですが、それに自分の思考が縛られてしまってはいけないのです。常に自分で見つけたり、感じ取ったりして、状況に対応していかなければなりません。これは不動産業はもとより、あらゆるビジネスに通じる考え方ではないでしょうか。
近年急速にブランド力が高まっている「武蔵小杉」
長い間には、街のイメージが大きく変貌することがあります。世田谷区のように相対的にイメージが低下しているエリアもあれば、反対に再開発などによってイメージが大きく向上するエリアもあります。首都圏では、武蔵小杉駅周辺(神奈川県川崎市)、東京メトロ有楽町線の豊洲駅周辺(東京都江東区)がその代表格といっていいでしょう。
たとえば武蔵小杉駅周辺は、20年前までは大手電機メーカーなどの工場が立地する工業地帯でした。それが、製造業の海外への移転が進み、大規模な工場閉鎖がされ、それが次々と超高層マンションなどに変わっていきました。同時に、JR横須賀線に「武蔵小杉」駅が開業、JR南武線、東急東横線との3線体制になり、東京・品川、渋谷・新宿、川崎・横浜などあらゆる方面に直結、交通アクセスが飛躍的に改善されました。並行して駅前では大規模な再開発が進み、大規模な商業施設も次々にオープンしました。
いまや、武蔵小杉は若いファミリーには憧れの高級住宅地で、「ムサコ」といえば、かつては武蔵小山を意味していたのが、いまや武蔵小杉に変わっていますし、お洒落で教育熱心な若い主婦は「ムサコ妻」と称されるほどです。
7つの大手不動産会社からなるメジャーセブンの「住んでみたい街アンケート」では、図表1にあるように2006年にベスト14に初めて顔を出し、最近ではベスト20の常連になっています。
地価も高騰し、2008年のリーマンショックからの立ち直りも早く、都心部でもまだ地価が下がっている時期から武蔵小杉では上がり始め、一時は「首都圏の地価をリードするのは武蔵小杉」といわれたほどです。その地価の高騰はマンション価格にも反映されています。新築マンションの平均坪単価はいまや300万円を超え、最新の超高層マンションでは400万円近い例もあります。図表2にあるように、手前の新丸子、多摩川だけではなく、高級住宅地の代名詞ともいうべき田園調布や、自由が丘よりも平均坪単価が高いのです。
[図表1]武蔵小杉と豊洲の「住んでみたい街アンケート」の順位の変遷
[図表2]東急東横線の駅別中古マンション平均坪単価
当然、家賃相場も高くなっていますが、田園調布や自由が丘と競合するようになるまでには、若干のタイムラグがあります。
武蔵小杉ほどスケールが大きな展開は個人では不可能ですが、特定のエリアに限定すれば、個人でもある程度エリアの魅力を高めることができます。
たとえば、少し投資資金が増えてくれば、賃貸住宅を1棟単位の「点」で考えるのではなく、周辺エリアまで含めた「面」で考えられるようになります。具体的には、一定の広さの土地を確保して複数の賃貸住宅を建て、近所にコンビニやスーパーを誘致する、あるいは小さな子どものいる家庭を想定するなら、託児所や保育園を誘致するといった考え方です。赤字からの脱却が喫緊の課題になっているオーナーの皆さんからすると、やや進み過ぎた話になりますが、それによって地域の利便性が高まるとともに人が集まるようになり、入居者確保に有利になりますし、街が活性化します。それが相乗効果となって賃料を上げることができるかもしれません。
賃貸住宅を経営するなら、将来性のあるエリアを選ぶことが大切ですし、それが難しい場合には、自分の手でエリアのイメージを変えて、より多くの人が集まる場所にするといった視点が重要になってきます。