3月の全人代で、これまで2期10年とされていた国家主席の任期に関する規定を撤廃した中国。この決定の背後に何があるのか、習政権の思惑などを探っていく本連載。最終回は、国家主席の「任期制限撤廃」が中国経済に与える影響を考察する。

1期目習政権の経済政策をどう評価するかがカギ

任期制限撤廃は習主席に経済改革を進める安定的基礎を提供するもので、投資の観点からは「中国買い」とする見方と、一層の権力集中は内外で新たな問題を生じさせるとの慎重な見方に分かれる(2月27日付南華早報、4月4月付米外交誌The Diplomat他)。

 

前者は、


①しばしば不人気な政策が地方役人の強い抵抗を惹起し、これへの対応で忙殺された歴代前任者に比し、安定的で強力なリーダーシップの下で、供給側構造改革や投資・輸出主導の成長から消費主導の成長パターンへの転換、一帯一路構想などの実現が進む、


②5年に一度の党大会やその後の三中全会(5年の政権サイクル毎に開催される党第3回中央委員会全体会議、経済政策面で最も重要な会議と見られているもの)に向かって景気が加速し、その後鈍化するという不必要な政治的景気循環がなくなり、景気が安定化する(参照:https://gentosha-go.com/articles/-/2205)、


③国有企業改革等多くの経済改革は5〜10年の短期間では完了しない、


④中国企業は習主席の最優先政策課題である一帯一路を支援・実現するため一層の資金調達の必要性に迫られており(参照:https://gentosha-go.com/articles/-/13918)、習政権長期化の可能性が出てきたことは点心債(オフショア市場での中国企業の人民元建て債券)市場の拡大につながるとする。

 

他方、後者は、


①腐敗汚職摘発、河北省農村部での冬季暖房の石炭からガスへの切り替え、北京スラム地区からの移民労働者の強制排除等に典型的に見られるように、しばしば政策が強引かつ性急で社会に大きな軋轢が生じており、同様の状況が起こって経済や社会が不安定化するリスクが高まった、


②中央への権力集中で地方政府への圧力がより高まり、中央から指示された政策が地方の実情を無視している、あるいは誤っていても、地方政府はそれを指摘できなくなる、さらに、中央の指示を実現するため、地方での統計ねつ造がより頻繁に生じる恐れがあるとしている(https://gentosha-go.com/articles/-/9668)。

 

結局、1期目習政権の経済政策をどう評価するかで、任期制限撤廃が中国経済に与える中長期的影響の評価も分かれてくる(参照:https://gentosha-go.com/articles/-/13235)。


安定した政権基盤の下で、不人気でも長期的に必要な改革が進めば経済にプラスだが、国有企業改革を始め、1期目の経済運営から見て、諸改革は党が政府に対する影響力を通じて市場統制、関与を一層強める形で進められる可能性が高い。もとより、政治構造が権力の一極集中を強めると、経済主体の自由な意思決定とそれに基づく行動を前提とした経済の自由化、市場化は進まない。

 

 

また、表面上長期安定政権が誕生しても、上述のように、習氏に不満を持つ潜在勢力は(現状、その勢力、プレゼンスが弱まっていることは事実としても)なお厳然として存在しており、水面下で様々な政治的動きや摩擦が生じるリスクはむしろ高まったと見るべきではないか。

習氏はなぜ任期制限撤廃に動いたのか?

習氏は440名以上とも言われる省・軍長クラス、またその他中堅幹部を腐敗汚職で摘発したが、その中には江沢民人脈や共青団幹部が多い。その結果、多くの敵を作り、国家主席を辞めた途端に大きな身の危険に晒されることを懸念したため、任期制限撤廃に動いたとの見方がある(3月14日付看中国)。

 

しかし上述、実質的権力の源は党総書記と党及び政府の中央軍事委主席だ。実際、現代中国で最も影響力のあった指導者の1人、鄧小平は一度も国家主席には就いていない。鄧が権力を掌握していた1980年代〜90年代初頭の国家主席、李先念(1983〜88年)、楊尚昆(1988〜93年)が何らか実質的権限を持っていたという話はあまり聞かない。近年では、江沢民氏が2003年3月に国家主席を退いた後も04年9月まで党中央軍事委主席に留まり、隠然たる勢力をふるったことは記憶に新しい。

 

習氏は2023年以降も任期制限のない党総書記や中央軍事委主席に留まれば、国内での権力は十分維持できたはずだが、なぜわざわざ内外で大きな議論、反発を呼ぶおそれがある任期制限撤廃に動いたのか? 答は外交国際面にあるのではないか。筆者は以前、本サイトで習政権の外交面での3つの特徴として、①グローバルガバナンス議論への関心、②G20への積極関与、③共存大国関係の標榜を指摘した(参照:https://gentosha-go.com/articles/-/11734)。


鄧小平が提唱した「韬光養晦(タオグアンヤンフイ)」、目立たない外交から積極外交への転換と言われるゆえんだが、こうした積極外交で表舞台に出るのは、諸外国から中国のトップと認識される国家主席だ。実際、こうした国際会議はG20に加え、中国主導で設立した上海協力機構、BRICS等、近年急速に増えており、これら会議はいずれも中国にとって重要な意味を持つようになっている。

 

さらに、一帯一路を最優先政策課題に掲げていることも相まって、国家主席は以前の名目的なポストから実質的な意味を持つポストに変化している。任期制限撤廃は習氏がそうした変化を踏まえた結果で、裏を返せば、今後積極外交が一段と進む可能性があることを示唆している。海外諸国からすれば、少なくとも「背後で実権を握って操っているのは誰か?」といった憶測をあまりする必要はなくなり、中国で言う「名副其実」、つまり名実ともに最高権力者が誰か、ある意味で「透明性」が増したという見方もできる。

 

 

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