成文化すべきだったのは「党と軍の任期制限」か
3月1日付人民日報は「任期制限撤廃は党・政府指導層の引退制度の変更や終身制の導入を意味するものではない」とし、内外の懸念や反発を払しょくしようとする一方、
①同一人物が党、政府、軍のトップを務める「三位一体」指導体制は長期間にわたって、その有効性を証明してきた
②現行憲法には国家中央軍事委主席、また党規約には党と党中央軍事委主席の任期制限規定が各々なく、改正は政府、党、軍トップの扱いを一致させ、三位一体を憲法上貫徹、体現しようとするものとの主張を展開した。憲法修正案可決後の3月11日、中国政府が開いた記者会見の席上でも、当局から全く同じ主張が展開された。(注)
実際、以下のように、習氏が終身国家主席を務める可能性は低いという憶測も流れている。
❶習氏が党内の反対を抑えるため、終身は務めない旨、反対派と密約した(その後4月、習主席は外国政府要人や中国政府関係者が出席した会議で3回にわたり、個人的には終身統治には反対であり、海外は任期制限撤廃の目的を誤解していると発言し、会議出席者が一様に驚いたとの報道がある、4月16日付大紀元等)、
❷「紅二代」と呼ばれる共産革命時の党高級幹部の子弟、江沢民氏が主導する上海閥、胡錦濤氏が主導する共産主義青年団(共青団)等党内勢力が、習氏が何か誤りを犯せば、すぐにも同氏を引きずり下ろそうと待ち構えているとして、習氏が実際に終身国家主席を務める可能性は低く、おそらく3期、2028年までだろうとの見方も多い(3月22日付台湾中央通訊社他)。
(注)本記者会見は海外メディアも入れ、ネットでライブ配信された。中国当局が本件への反発・懸念に鑑み、対外的にできるだけ透明性、開放性を示そうとしたということだろう。ただ、海外メディアの英語での質問に対し、中国側通訳が「return to the Cultural Revolution(文革への回帰)」を「出現過去曾経経歴過的政治動摇(かつて経験した政治的動揺の出現)」、「criticism(批判)」を「不同意見」と訳出する等、逆に中国内での問題の敏感さを際立たせた。
上記人民日報主張に対し、任期制限を盛り込んだ1982年憲法修正の趣旨を「最大限歪曲し曖昧にする言い逃れ(狡辨之辞)」との海外の中国法専門家からの辛辣な反論がある(3月2日付各種海外中国語媒体)。即ち、1949〜79年、特に毛沢東存命時およびその死後数年間、後任を巡って度重なる路線闘争が勃発、鄧小平はこうした動きに終止符を打ち、また文革の教訓も踏まえ、幹部の若年化、専門化、現代化のいわゆる「三化」を進めようとした。
成文化されていないだけで、任期制限が党や軍トップにも及ぶことは82年憲法修正の趣旨、背景から当然というのが当時の中国指導部や社会全体の認識だった。形式的な元首たる国家主席の任期制限規定はいわば「海面上の浮標」にすぎず、実質的な対象は党総書記と中央軍事委主席というわけだ。この理屈からすれば、三位一体を憲法上明確化し貫徹、体現しようとするなら、むしろ党と軍トップの任期制限を成文化すべきだったということになろう。
中国指導層に存在する「法の上に党がある」という認識
中国内でも、人民大学や武漢大学等の法学者や歴史学者から、「中国において党と政府は緊密一体で、党組織および党員は憲法を始めとする各種法令の範囲で行動することが必須」「党規約に合わせて憲法を改正するのではなく、憲法に合わせて党規約を改正すべき」といった指摘が出ている(3月31日付独立中文筆会)。問題の根源は、憲法も含め、各種法律は党指導部が制定したものという意味で、「法」の上に「党」があるという思考が中国指導層にはあるということではないか。
中国ネット上では、憲法修正案投票時、李克強首相が不本意ながら賛成するかのような表情、しぐさをした(と見える)写真が話題になっており、同首相は内心、「党規約には党政治局常務委の任期制限規定もない。党規約に党総書記等の任期制限期待がないので、それに合わせて国家主席の任期制限を撤廃するというのなら、党政治局常務委から任命される首相の任期制限を規定した憲法87条の修正もしないと整合性がとれないではないか」と思っていることだろうと憶測する声があるという(上記筆会)。