企業買収とは、「一時金」と「将来CF」の交換行為
企業オーナーが親族外承継(M&A)を決意したとき、誰もが「いくらで売れるだろうか。」と考える。しかし、会社の価値を評価することは非常に難しい。顧問税理士に相談しても、税務上の株価しか教えてくれない。
税務上の株価は、M&Aの株価とは異なる。これは、M&A株価は会社の事業価値をベースに評価されるものであり、誰が経営するかによって将来実現できる会社の事業価値が異なるからである。つまり、M&A株価は買い手によって異なるものである。
一般的に、経営者が買収案件を検討する際、感覚的に将来生み出される利益またはキャッシュを予測し、投資を何年で回収できるか計算する。これは、投資と回収をイメージしながら、投資案件の採算性を評価するためである。将来キャッシュ・フローがどれだけで、何年で投資回収できるかを考えて、買収を行うかどうか、その際の買収価額を評価する。
たとえば、中国のような成長市場に巨大な販路をもつ事業、競争力の高い有名なブランドを持っている事業などは、投資回収の確実性が高いうえに、回収余剰としての利益が得られる優良な投資案件と評価できる。
また、既存事業とのシナジー効果が生み出される事業の場合や、経営効率化の余地が大きな事業の場合には、投資案件の価値を高く評価できるだろう。
企業買収とは、現金を支払って事業価値を買うことである。事業価値とは将来のキャッシュ・フローの割引現在価値のことを意味する。したがって、企業買収とは、一時金と将来キャッシュ・フローを交換する行為といえる。
それゆえ、事業が将来生み出すキャッシュ・フローの割引現在価値が買収価額を上回っていれば、企業買収によって利益が生み出されることになる。つまり、企業買収は、設備投資と同じ投資判断の枠組みで捉えられる。
買い手は「オーナー交替による大きな将来CF」を期待
しかし、設備投資と異なり、企業買収には売り手が存在する。売り手も経済的な合理性をもって取引を行うから、将来キャッシュ・フローの割引現在価値を下回る一時金と交換しようとは思わないだろう。M&Aという市場があるならば、買い手と売り手は等価交換しか実現できないはずである。それにもかかわらず、買い手は企業買収をしようとする。
なぜ買い手は企業買収しようと考えるのか。それは、買い手は、自分が経営したほうが、売り手が経営するよりも効果的かつ効率的に事業価値を創造することができると考えるからである。つまり、オーナーが交替することによって、より大きな将来キャッシュ・フローを生み出すことができると考えるからである。
このような考え方に基づきM&Aが行われる場合、買収によって買い手が獲得する将来キャッシュ・フローの割引現在価値が、売却によって売り手が失う将来キャッシュ・フローの割引現在価値を上回っているということである。このような価値の差額が生じる原因としては、以下の二つがある。
一つは、売り手と買い手で事業の将来性についての見方が異なる場合である。将来キャッシュ・フローとは経営者の将来予想であり、売り手が知っていることを買い手が知らないという情報の非対称性もあるから、同じ事業でも買い手が強気で売り手が弱気ということもありうる。
もう一つは、買収によって創出されるシナジー効果である。シナジー効果とは、複数の事業の結合により、各々が単独で存在していた場合の価値の合計よりも大きな価値を生み出すことである。言い換えれば、シナジー効果とは、買い手が対象会社を自社に統合させることによって、将来キャッシュ・フローが買収前の両社の将来キャッシュ・フローの単純合計を上回るということである。
以上から、M&Aにおいて買い手が提示する買収価額は、対象会社が単独で存続した場合の将来キャッシュ・フローの割引現在価値に、毎年のシナジー効果の割引現在価値を加えたものになる。それゆえ、売り手が単独で経営した場合の将来キャッシュ・フローの割引現在価値よりも高い買収価額が提示されることになり、売り手は会社を売ろうとするのである。
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