調剤薬局は、競争激化に伴う業界再編・小規模事業者の淘汰が始まっています。市場環境が厳しさを増すなか、成長するには「M&A」が第一選択肢です。ここではM&Aにおける交渉の進め方、調剤薬局の譲渡スキーム、M&Aを成功に導くポイントについて理解します。※本連載は、M&Aの専門家である岸田康雄公認会計士と、年間1000件を超える相続税申告を行った実績を持つ古尾谷裕昭税理士がわかりやすく解説します。

譲渡スキームの選択肢は、株式譲渡と事業譲渡

調剤薬局M&Aの譲渡スキームの選択肢は、株式譲渡と事業譲渡です。実務上、複数に見える譲渡スキームも、これらが組み合わされることによってできあがったものに過ぎません。

 

<調剤薬局を営む会社の株式譲渡>

 

調剤薬局を営む会社の株式譲渡とは、会社の「株式」という資産を売買することです。買い手が株式を買収して子会社化することが一般的です。買い手と対象会社が併存することとなるため、対象会社の従業員の独立性を維持し、自主的な経営を維持しやすくなります。しかし、買い手側の調剤薬局との組織統合が行われないため、M&Aによるシナジー効果は発揮しづらいものとなります。

 

このM&Aは株式の売買であるため、対象会社の調剤薬局がそのまま存続し、簿外債務や偶発債務などもそのまま引き継がれることになります。対象会社から見れば単なる株主の異動に過ぎず、法人格はそのまま残るため、社名と調剤薬局の店舗名は、そのまま継続可能です。薬剤師など従業員の雇用関係にも変更はありません。

 

<調剤薬局を営む会社の事業譲渡>

 

調剤薬局を営む会社の事業譲渡とは、調剤薬局に係る資産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含みます)の全部または一部を譲渡し、これによって、調剤薬局の営業活動の全部または一部を引継がせることです。

 

小さな調剤薬局のM&Aでは、株式譲渡よりも手続きが簡易であるため、一般的に、M&Aでは事業譲渡が利用されています。特に、買い手に対して法的リスクを確実に遮断しなければいけない場合には、事業譲渡が適しています。

 

ただし、事業譲渡によって調剤薬局を譲渡しても、空っぽになった会社の法人格そのものは、売り手の手元に残るため、M&Aの後に会社の清算手続が必要となります。

調剤薬局M&Aの進め方…5つのステップ

(1)M&A売却の意思決定

 

まずは引退するオーナーが、事業承継する決意を固める必要があります。自分の子供に承継したいのか、M&Aで第三者に承継する必要があるのか検討します。「M&Aを行うぞ!」という意思決定ができなければ、いつまでも悩んでしまい、動き出すことができません。

 

調剤薬局をM&Aで承継することを決意したならば、どのような相手に対して譲渡するのか、譲渡価格はいくらを希望するのかを考えます。また、M&Aにおいて障害となる問題点を洗い出して、事前に解消しておきます。

 

(2)M&A買い手探し

 

次に、買い手を探します。買い手を探し出す方法は3つあります。第一は、自ら動いて、調剤薬局の業界の仲間、知り合いの経営者の中から探す方法です。近所の調剤薬局や、仲の良い経営者にお願いして、事業を承継してもらう方法です。

 

第二は、銀行に探してもらう方法です。お付き合いをしている銀行であれば、調剤薬局の事業の存続が、融資の回収のために重要な問題となりますので、真剣に買い手探しを行ってくれます。

 

第三は、M&A仲介会社に依頼する方法です。M&Aキャピタル・パートナーズなど、近年、調剤薬局を専門とするM&A仲介会社も増えてきています。M&A仲介会社に依頼すれば、成功報酬で相手を探してもらうことができます。

 

(3)買い手の決定

 

買い手を決める方法には、2つあります。ひとつは、1対1でのお見合いのように、相手とのご縁を大切にしながら決める「相対取引」です。

 

もうひとつは、できるだけたくさんの買い手候補と会って条件を比べて選ぶ「競争入札」です。

 

売り手がM&Aの譲渡価格の最大化を目指すのであれば、競争入札のほうが好ましいでしょう。しかし、調剤薬局のオーナーが、必ずしも価格で相手を選ぶというわけでなく、従業員にとって最適な職場を見つけてあげたいという観点から相手を選ぶケースもあります。

 

それゆえ、相対取引と競争入札は、一概にどちらの方法がよいとは言えません。どちらも一長一短ありますので、ケースバイケースで買い手を決める方法を検討しましょう。

 

(4)デュー・ディリジェンス

 

買い手が決まったら、買い手は、対象となる調剤薬局の内情を詳細に調査します。これを「デュー・ディリジェンス」と言います。

 

買い手は、M&Aで大金を支払います。それを回収できるかどうかが重要な問題です。年間1,000万円の利益で回収できる会社と2,000万円の利益で回収できる会社を比べますと、回収期間が2倍違いますから、当然に買収価格も変わってきます。

 

そのため、「この調剤薬局はどれだけ儲かっているのか」といった項目を中心に詳細に調査します。毎月、処方箋を何枚処理しているのか、調剤報酬はどのくらいか、利益はどのくらい出るのか、薬剤師がどれだけ仕事しているのかなどを調査し、そこから買収価格を検討します。

 

特に、薬剤師との雇用関係(継続して勤務してくれるかどうか)や、法令違反がないかどうかについては慎重にチェックします。診療報酬に関する不正な請求がないかまで、公認会計士や弁護士などの専門家が細かくチェックしていきます。

 

デュー・ディリジェンスで、調査の対象となるポイントは、以下の通りです。

 

①処方箋の状況

・処方箋の枚数

・薬価差、調剤技術料、薬学管理料の大きさ

・薬歴管理料を徴収しているとき、薬歴の記載漏れはないか

・処方箋を処理する情報システムの利用状況

 

②従業員

・薬剤師の数

・薬剤師の年齢、勤続年数

・薬剤師の採用の状況

 

③処方元医療機関

・診療科目と主要な医師

・医療機関の経営の安定性

・医療機関の集中度合い

・医療機関の医師への利益供与の有無

 

④事業運営

・店舗建物を自社で所有しているか、賃借しているか

・医薬品の実地棚卸を行っているか

・医薬品をどこの卸売業者からいくらで仕入れているか

 

(5)取引条件交渉

 

デュー・ディリジェンスが終わると、最後は、取引条件の交渉です。その中で、価格交渉が最も重要です。価格交渉は、買い手側が提示する金額と、売り手側の考える金額とをすり合わせることです。

 

譲渡価格だけでなく、引き渡し後の従業員の雇用条件や、譲渡後に売り手オーナーが継続勤務してフォローするなどの付帯条件があれば、細かくすり合わせていきます。条件交渉がまとまると、最終契約を締結し、代金の受け渡しを行います。

調剤薬局M&Aを成功させるポイント

<経営管理体制の整備>

 

中小企業のM&Aの場合、事前準備が実はとても大切です。特に、経営管理体制を整備しておくことが不可欠です。

 

特に、人事労務管理がポイントとなります。残業代の未払いなどの問題があれば、必ず事前に解消しておきましょう。違法行為などは論外です。中小企業のM&Aでは、労務管理の不備が問題となって交渉が破談になるケースがとても多く見られます。実際の交渉に入った後で問題が出てくると、相手との関係が悪化してしまいます。

 

問題はどのような企業にも多かれ少なかれ、経営管理体制に問題があるものです。とにかくデュー・ディリジェンスを始める前の段階で、重要な問題をクリアにしておくようにしましょう。

 

<オーナーが引退しても会社が機能する組織づくり>

 

近年、調剤薬局のM&Aでは、大手企業が個人事業の調剤薬局1店舗または数店舗を買収するケースが多く見られます。その場合、大手企業は買収先の調剤薬局に新たな店長として自社の人材を送り込むことが多いと思います。

 

しかし、薬剤師人材が不足していることもあり、大手企業側も店長人材が育っていないことがあります。最悪の場合には、現場のことを良く分かっていない新店長と、既存のスタッフの間で軋轢が生じ、大混乱を巻き起こすこともあります。

 

そのため、オーナーが引退した後でも、店舗のナンバー2のような存在がスタッフをまとめることができ、会社が機能する体制があることが望ましいです。存在感のあるナンバー2が既存スタッフに対し精神的な支柱となり、新しい社長を迎える社内の雰囲気づくりをリードしていくことができれば、M&Aも成功につながります。

 

<M&Aにおける医薬品在庫の実地棚卸の重要性>

 

在庫棚卸しは年度末に行われます。これは調剤薬局M&Aにおいて、譲渡価格に大きく影響するものなのです。会計上、棚卸資産は、数量を正確に把握し、適正な単価を乗じて、正確に計上されていなければならないものです。

 

ところが、実際には、それができていない調剤薬局が非常に多いのです。簡易な棚卸し作業だけでもやっていればよいですが、まったく実地棚卸をやっていないずさんなケースもあります。

 

結果として、譲渡価格が数百万円単位で減額されるケースが多く見られます。

 

調剤薬局を譲渡する際、医薬品をはじめとする在庫は、譲渡価格に大きく影響します。譲渡対象となる資産の中で大きな割合を占めるからです。一般的な調剤薬局の在庫は、1店舗当たり500~3,000万円ほどあり、譲渡価格の20~30%を占める大きな資産です。

 

この在庫の評価額を確定させるため、デュー・ディリジェンスの際に在庫棚卸しが行われるのです。数量が間違っていれば、当然にM&Aの譲渡価格は減額されることになります。

 

在庫棚卸は、譲渡する前のデュー・ディリジェンスで行うわけですから、そこで指摘された問題に対応するだけでよく、日常業務における在庫棚卸は簡易なものでよいのではないかと思われるかもしれません。しかし、調剤薬局のM&Aにおいては、日常業務の在庫棚卸をしっかりと行うことが、M&Aの成否を分けるほどの影響を持つのです。

 

その理由は、デュー・ディリジェンス前の基本合意のときの譲渡価格と、デュー・ディリジェンス後の最終的な譲渡価格のギャップの大きさです。

 

たとえば、M&A交渉の当初は譲渡価格が3億円と言われ、それに合意していたとします。ところが、デュー・ディリジェンスが終わった土壇場になって「在庫棚卸しの結果、3,000万円の減額要因が見つかりました。よって、譲渡価格を2億7,000万円に下げてください。」などと言われたら、困惑するはずです。

 

売り手のオーナーは、譲渡代金が大幅に減るので、当然、がっかりするでしょう。また、金額を下げてくる相手に対して疑問や怒りも覚える方がいるかもしれません。しかし、この減額が、売り手側の日常業務における在庫棚卸の不備によるものだった場合、反論することはできません。責任は売り手側にあります。もともとそれだけの価値しかなかった資産を、売り手側で見誤っていたということです。

 

同じ2億7,000万円という結果だったとしても、最初から2億7,000万円として合意していたほうが、お互いの印象もよく、気持ちよく最終合意していたはずです。交渉の最後で譲渡価格の減額があると、お互いの心象はかなり悪くなります。

 

どの業種のM&Aにおいても、このような感情や気持ちの問題が極めて重要です。M&A交渉では、これ以外に様々な論点が出てきますが、ひとつの小さな問題から、決定的な不信につながり、破談になることは少なくありません。

 

近年、在庫管理システムやレセプトの発達に伴い、医薬品在庫をシステム上で管理することができる調剤薬局が増加しました。それに頼り切ってしまい、実地棚卸で数量をカウントせず、帳簿在庫をそのまま会計情報として報告する調剤薬局は少なくありません。

 

帳簿在庫は、ある時点の在庫数を基準に、入庫数と出庫数を足し引きし、現時点での在庫数を計算します。戻入れ、盗難や間違いなど、データ入力されない在庫数の変動がある場合、それをシステムで把握しきれず、結果として、帳簿在庫の数値に誤差が出ます。

 

M&Aを行おうとする調剤薬局において、実地棚卸は不可欠なのです。

 

<M&Aについて打ち明けるタイミング>

 

役員や従業員にはM&Aについて意見を求める必要はないと考えるかもしれません。しかし、主要な経営陣にだけは事前に相談しておくことが望ましいでしょう。場合によっては、「長年うちと競い合ってきたあの企業に買収されるのは嫌だ」「あんな会社にうちを経営されるのは絶対に耐えられない」と拒否反応を示し、役員や中堅社員が転職してしまうこともあります。

 

M&Aがまとまった後に話すと、職員が全員退職してM&A自体がつぶれてしまうことさえあります。

 

一般のスタッフに話すタイミングも重要です。オーナーが高齢の場合、引退を考えていることを想定できていることもありますが、いざ引退するとなると、スタッフはビックリしてしまうものです。

 

そのため、M&Aが決まる少し早めのタイミングで話をしておくことが大切です。「引き継いでくれるあの会社で、将来成長するし、うちの事業を伸ばしてくれるよ」と事前に伝え、納得をしてもらうことは極めて重要です。

 

<事業用資産としての不動産の問題を考える>

 

調剤薬局では、最後に、不動産の問題があります。調剤薬局の店舗の建物・土地をオーナーが所有している場合には、必ず考えなければいけません。

 

調剤薬局M&Aで買収する側の企業は、店舗運営がしたいだけであり、土地や建物まで購入したいとは考えていません。土地と建物まで購入するとなると買収価格は大きく跳ね上がってしまいます。

 

最も多い解決策としては、お店の不動産は売却後もオーナーが引き続き所有し、買い手側から家賃を支払ってもらう形を取ることが多いです。

 

調剤薬局の店舗の建物・土地をオーナーが所有している場合には、M&Aの後の不動産の取扱いについて、こうしたことも念頭に置いておきましょう。

 

 

古尾谷 裕昭(税理士)

ベンチャーサポート相続税理士法人/ベンチャーサポート不動産

 

 

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