小規模事業者が多すぎる調剤薬局業界
<調剤報酬の仕組み>
調剤報酬とは、調剤薬局において処方箋に基づいて調剤し、患者に投薬するまでの一連の薬剤師の業務に対して支払われる報酬のことです。全国どこでも、同一の料金となっています。
調剤薬局が受け取る報酬は、「調剤報酬点数表」において決められています。調剤報酬は大別して、調剤技術料、薬学管理料、薬剤料、特定保険医療材料料で構成され、調剤薬局から発行される明細書に記載されます。
調剤報酬及び薬価基準は、2年に一度、社会保障審議会の方針に基づいて、中央社会保険医療協議会が改定します。近年は、薬価を引下げる代わりに、診療報酬を増やす方向に改定が行われています。
<調剤薬局業界の現状>
医師が病状を診察して処方箋を発行し、その処方箋に基づいて薬剤師が薬の処方を行う医薬分業の考え方は、昭和の時代には既に導入されていましたが、日本で本格的に普及したのは1980年頃からでした。この頃に調剤薬局を開業した方が多く、現在の医薬分業率は70%を超えています。
しかし、こうした時期に開業したオーナーの年代は60代を超え、引退を考えるタイミングになっています。そして、自分の調剤薬局を誰に承継すればよいのか、あるいは事業を継続させるべきかどうかを検討している方が多い現状があります。
日本の調剤薬局の店舗数は約6万店であり、コンビニエンスストアの店舗数よりも多いと言われています。日本薬剤師会が適正であるとする調剤薬局数2万4千店の2倍を超える数です。明らかに店舗数は過剰でしょう。
近年はドラッグストアが調剤薬局を併設するようになり、競争が激しくなってきました。調剤薬局の業界は、大手企業による占有率が低く、小規模事業者が多数存在しています。大手の調剤薬局チェーンの上位10社の市場占有率は、15%程度にすぎません(図表参照)。ドラッグストア業界では、上位10社で70%を占めていることから比べると、調剤薬局の業界は、小規模事業者が多すぎると言えます。
小規模な調剤薬局がひしめいていることで1店舗当たりに収益性が低くなり、結果として、調剤、OTC薬販売、在宅医療といった薬局本来の機能を果たすことができない現状があります。ある程度の規模拡大が求められるでしょう。
大手による吸収は更に進展、小規模事業者の逆風に
<調剤薬局の経営>
調剤薬局の市場規模は、約7兆円です。6万店で割り算すると、1店舗当たりの平均年間売上高は、約1億2千万円です。調剤の粗利率や約25%と言われていますから、粗利は3千万円です。これでは、薬剤師を2人雇うので精一杯でしょう。
また、調剤薬局の特徴は、差別化できていないことにあります。どこの調剤薬局に行っても、同じような店構え、同じような接客対応です。処方箋を持つ患者は地域で馴染みの調剤薬局に通いますから、独自性や専門性は必要ありません。経営の非効率性は、ずっと温存されることになります。
一方の大手チェーン店は、医薬品の大量購入、ICT活用、M&Aによる規模の経済によって、経営の効率化を図っています。調剤薬局の市場環境が厳しくなっているといわれる中で、大手調剤薬局はほとんどの企業で増収増益を続けているのです。
調剤薬局の収益性を高める方法は、規模の経済の追求だといわれています。経費の7割を占める医薬品購入費には、ボリューム・ディスカウントがあるため、大量仕入れによって粗利率が向上するからです。調剤薬局から患者(保険者)への販売価格は薬価基準で決められている一方、調剤薬局が医薬品卸へ支払う仕入価格は自由であるため、仕入価格を下げれば下げるほど、調剤薬局の収益性が高くなります。ここで薬価基準と仕入価格との差額のことを「薬価差」といい、全国平均8%程度の差があると報告されています。
<調剤薬局の競争激化>
調剤薬局の業界では、小規模事業者と大手チェーンとの収益性の差が大きくなってきました。小規模事業者は競争に勝つことが難しい状況にあります。そのため、調剤薬局のオーナーには、引退に伴い、M&Aを検討する方が多いのです。
調剤薬局の業界では、競争激化に伴う業界再編、小規模事業者の淘汰が始まっています。薬価切下げ、調剤報酬の伸び悩みなどで収益性が低下していきていることに加えて、薬剤師の採用が困難な状況にあります。今後は小規模な調剤薬局は、大手チェーンに吸収されることになるでしょう。
薬剤師の採用は極めて大きな問題ですが、大手チェーンは、知名度が高く、処遇や教育制度で優位に立つことができます。
一方、ドラッグストアが調剤薬局に参入する動きは、2009年の改正薬事法施行後から活発化しました。新たな登録販売者制度によって、コンビニやスーパーなど他業種が医薬品販売に参入しやすくなったのです。
さらに、医薬品卸が調剤薬局の経営に進出するようになってきました。医薬品卸の業界では業界再編が一段落し、現在は、メディパルホールディングス、アルフレッサ、スズケン、東邦ホールディングスの4社が寡占市場を形成しています。しかし、その収益性は極めて低く、最大手のメディパルでも営業利益率は1%前後です。そこで、調剤薬局を傘下に収めることで、本業不振をカバーしようとしているのです。
調剤薬局の事業承継は、親族内もしくはM&Aが現実的
<調剤薬局の後継者は薬剤師が望ましい>
大手チェーン店であれば引退する店長がいても別の社員を店長にして内部で調整すれば済みます。しかし、店長がオーナー社長である個人事業の調剤薬局では、事業承継を検討せざるを得ません。
調剤薬局の事業承継で考えられる方向性には、①親族内承継、②従業員承継、③第三者承継(M&A)の3つがあります。
調剤薬局のオーナーは、当然ですが、まずは自分の子供や親族への事業承継を希望します。この点、調剤薬局の経営者は、一般的な事業とは異なり、薬剤師の資格を保有し、薬剤師経験があることが望ましいです。
もちろん、薬剤師の資格がなくとも経営者になることは可能です。しかし、薬剤師の資格を持たないオーナーに、従業員の薬剤師はついていかないでしょう。
そのため、事業を承継する後継者は、自ら薬剤師の資格を取って経験を積んでおいたほうが、調剤薬局の経営者として望ましいのです。調剤薬局のオーナーは、事業承継を検討する際、自分の子供が薬剤師の資格を取得し、後継者となってくれるかどうか、本人の意思を確認しなければなりません。近年は、子供が「医師になりたい」と考えることもありますし、サラリーマンとして働くことを希望する場合もあります。調剤薬局の経営を承継するかどうかは、子供のキャリアプランの選択の問題です。
<調剤薬局は第三者承継(M&A)のほうが進めやすい>
子供が承継する意思がない場合、従業員に承継するか、M&Aで第三者に売却することを検討しなければなりません。
この点、従業員の中に経営者としての能力や資質を持つ人がいることは稀です。一般の事業と比べ、薬剤師の視点と薬局経営の視点は、大きく異なります。どんなに薬剤師として優秀な従業員であっても、ある日突然オーナー経営者としてお店の経営を行うことは極めて難しいことです。
そのため、従業員への事業承継を断念し、M&Aによる第三者承継を検討するパターンが増えているのです。競合他社であれば、すでに調剤薬局の経営に慣れている経営者が存在していますから、事業承継は進めやすいでしょう。
調剤薬局のM&A承継…売り手のメリット
<事業承継問題の解決と経営者の事業からの引退>
調剤薬局のオーナーは、高齢になっており、早く引退したいと考えています。事業承継のためにM&Aを行うことで、早く仕事から離れることができるのはメリットと言えるでしょう。
<売却による創業者利潤の確保と経営者の個人保証の解消>
M&Aによって獲得する譲渡代金によって、オーナーは老後の生活資金を得ることができます。
一方、立派な店舗を構えている調剤薬局の場合、銀行から借入れを行っていることがあります。その際、オーナーが個人で連帯保証人となっているはずです。この状況では、万が一、調剤薬局が破たんした場合には、個人財産で弁済しなければなりません。株式譲渡であれば、M&Aによって個人保証を解除してもらうことができます。事業譲渡でも、譲渡代金によって借入金をゼロにできます。銀行に対する保証債務が消えれば、肩の荷が下りて、気持ちがすっきりすることでしょう。
<従業員の幸せの確保>
経営者は、従業員に対する雇用責任を負っています。調剤薬局には薬剤師が働いています。オーナーは自分が社長から引退するからといって、従業員に対して、解雇を一方的に突きつけるわけにはいきません。従業員に対しても幸せになってほしいと考える場合がほとんどでしょう。安定している大手企業にM&Aで調剤薬局を承継してもらうことで、従業員の雇用を維持し、調剤薬局の事業のさらなる成長を実現することができます。
また、地域の患者は、長年親しんだ店舗の利用を継続することもできますし、処方元病院も関係を継続することができます。
<事業の成長の実現>
小規模事業者が単独では難しかった経営効率化を実現することができます。医薬品仕入価格の引下げや、薬剤師の採用、情報システム導入による作業効率化など、調剤薬局の収益性を高めることができます。これによって、行き詰まっていた事業をさらに成長させることが可能となるでしょう。
調剤薬局のM&A承継…買い手のメリット
<新規出店コストの節約>
現在、調剤薬局の市場は飽和状態にあります。調剤薬局の店舗数は、約6万店であり、コンビニエンスストアの店舗数よりも多いとも言われています。そのため、病院に近い好立地での新規の出店は難しい状況となってきています。そこで、既存の調剤薬局を買収すれば、従来からある処方元医療機関との関係性を引き継ぐことができ、好立地の店舗を取得することができます。株式譲渡で法人を取得すれば、調剤薬局開設のための許認可の手続きを省略することもできます。
<人材確保>
一方で、調剤薬局が増えていることに伴い、薬剤師が不足してきています。優秀な薬剤師の確保は難しい現状です。調剤薬局を新規に開設することが極めて難しく、多額の設備投資が必要となります。
そこで、既に運営されている調剤店舗を買収すれば、薬剤師などの人材も抱えていることから、設備投資や人材採用コストを節約することができます。大手企業にとっては、スピード感ある事業拡大が求められることから、調剤薬局の出店に必要な人材を一気に獲得できることは大きなメリットと言えるでしょう。
岸田 康雄
国際公認投資アナリスト/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/公認会計士/税理士/中小企業診断士
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