家賃収入が介護費用の足しになれば…
母はほとんどしゃべらない。たぶん、口を開くのがおっくうなのだ。パーキンソン病による神経細胞の減少は、神経伝達物質のドーパミンの減少を伴うので、うつ病に近い症状が出ることもある。たぶん、そういうことだ。
その日、オレが母に言わなかったことがある。
母はたぶん、将来的に身体がほとんど動かなくなることが考えられる。そうなったら、オレが仕事に行っている間、常にヘルパーさんについていてもらうか、あるいは施設に入ってもらうしかない。
いずれにせよ、お金が必要だ。マンションからの家賃収入が、そのための足しになればいい。そんな思いもあった。
それから、住む場所に対する母のこだわりの強さも、オレがマンションを買う動機になっていた。
安心して母を住まわせることのできる家が欲しい
今住んでいる家は、両親が結婚時に購入した家だ。当時、母は働いていなかったから、父の名義で父がローンを払っていた。結婚してから10年後、両親が離婚するとなったとき、家を出て行ったのは父のほうだった。
どんな取り決めがあったのか、母は話してくれないが、オレと母はそのまま同じ家に住み続けることができた。慰謝料か養育費の代わりなのか、父がその後も住宅ローンを払い続けてくれたからだ。
その代わり、家の名義は父親のままだった。ということは、可能性としてはほとんどないのだけど、父の気が変われば、あるいは父が財政難に陥れば、オレらはいつでも家を追い出されるような立場なのだ。
だから、オレは時々、自分自身の名義の家が欲しいと思っていた。
「マンションを買いませんか」なんて、荒唐無稽な話に心を動かされてしまったのには、そういう理由もある。いざとなれば、安心して母を住まわせることのできる家が欲しかった。
母との食事を終えたオレは、自室に戻って、ベッドに足を投げ出した。