患者さん・利用者さんが頼れるのはあなただけ
自分のやれることを探している時期というのは、はっきり言って大変です。自分がどうすべきか、何が自分にできるのか暗中模索しながら日々の仕事もしていかなくてはいけないのですから。
しかし患者さん・利用者さんにとって、頼れるのはあなたしかいないのです。だからこそ、できることはすべきです。
私が大学病院にいた当時、診断部はMRIなどの新しい診断技術や機器が導入されて、いわば花形だった。それに比べて治療部は、まだ5年生存率が20%~30%という時代。治療の副作用の問題もあったりして仕事全般がとても大変だったのです。
ご本人も自分の最期がすぐそこに近づいているのが分かる。治療も苦しいし、そうなると精神的にも浮き沈みが激しくなって、なかには荒れる人もいます。そんな人たちと自分はどう向き合っていけばいいんだろうと悩むこともたくさんありました。
だけど、その患者さんが頼れるのは自分しかいない。医者である自分がすぐそばにいるということは、それだけで意味があるわけです。それに、その患者さんにも将来は確かに厳しいかもしれないけれど「明日はある」。だから「明日の話」をするようにしようと思いました。
患者さんと「明日は何をしようか」と話してみる
患者さんと「明日は何をしようか」という話をするのです。たとえば、息子さんがもうすぐ小学校に入るという方なら「息子さんの筆箱、明日一緒に買いに行きませんか?」という話をして、明日の目標を持ってもらう。
放射線治療で髪がなくなってしまった人に「ウィッグを一緒に見に行きましょう」と言って、私が交渉して安くしてもらったりということもしました。
そういうことをしていると「医者なのに治療でもないことばかりして」と、ある看護師から批判されたりもしましたが、その人の気持ちを前に向かせてあげることだってすごく大事だと思うんです。
その患者さんには治療が日常になっている。またつらい治療に戻らないといけない。でも、ちょっとだけ「楽しみなことがある」というのと何もないのでは治療に向かう気持ちも違ってきます。
今でも思い出す、大学でお世話になった法医学の先生の言葉があります。その先生の単位が足りなくて仲良くさせてもらったというのもあるのですが、それは置いておくとして、先生はこう仰いました。
「医学は患者さんを診るだけじゃない。医者が患者さんを診察しやすい環境をどうつくるか、というのも大事なんだ」と。
誰しも壁にぶつかることはあります。特に医療の世界に飛び込んだばかりのころなんて、「何もできないじゃないか」と悩むこともしばしば。だからこそ誰にもできる「明日の話」。これだけで仕事がずっと楽になるはずです。