患者・利用者を前に「自分ならどうするか」を考える
リハビリの世界には魅力的な先生が多い。それはあえて言うなら「アウトロー的」に面白い面を持っている人が多いということかもしれません。アウトローというのはもちろんいい意味です。既存の考え方、やり方に対して「本当にそれでいいのか?」と切り崩すように突き進んでいく。
O先生もそうしたタイプのすごい先生の一人です。先生がよく言われていたのが「守るも攻めるもこの一線」ということ。寝ているのか起きて座っているのかが人間にとって大事なことなんだよ、という意味です。
ただ寝ているだけでは生きているとはいえない。座ってこそ人間の人間らしさなんだということです。座っていられる状態をどのように維持、回復できるか。それこそがリハビリの第一歩。
私たちの病院でもそこを大事にしています。入院してこられた患者さんには、まず端座位、つまり背もたれがなく自分の力で腰かけて座っていられる状態を取ることを提唱しています。でも現実的にはそうはいかない患者さんも大勢いる。
その昔、私がO先生に「どうしたら、守るも攻めるもの〝この一線〟が維持できるでしょうか?」と尋ねたことがあります。すると先生は「そこは自分で考えて下さい」と笑顔で答えられました。自分の患者さんを目の前にして、自分ならどうするんだい? というわけです。
ケアプランの工夫が「良い変化」に繋がることも
要介護度の高い人は、端座位の姿勢を取れないし、そもそも自分で起きることが難しい。だからといってリハビリ専門職のスタッフの数も限られているので、常に一緒にはいられません。でも、隣に介護する人が倒れないように寄り添っていれば座っていられる。リハビリ専門職の人でなく、介護職のスタッフが隣に座ってあげることのほうがより意味がある。だったら、それをケアプランにも書いていこうよ、ということにしました。
食事やトイレなどは端座位の姿勢になります。でもそれ以外の時間でも一日に何回か、端座位の姿勢を取り入れることをケアプランに入れておくと、スタッフが患者さんや利用者さんの横に座って倒れないように気を配りながら「お話」したり、一緒にお茶したりという時間が持てます。上下の関係ではなく横の関係になれるわけです。
7人の要介護度5の方に1年半、こうしたケアを続けていたところ良い変化がありました。7人中6人が自分で食事が摂れるようになったり、臨時の点滴や注射などをしなくても良くなったのです。
一般的に要介護度5の場合、長い間にはさらに状態が良くないほうに進むことが通常です。寝たきりになって膀胱に老廃物が溜まりやすくなり、尿路感染症や腎盂腎炎(じんうかんえん)などにも罹りやすくなる。そうならずに済んだわけです。
なぜ端座位を積極的に取り入れるケアをすることでそうなったのか。人間は立ったり座ったりの姿勢では「腎臓→尿管→膀胱→尿道」という排泄機能が自然に働きやすくなります。それが横になった寝たままの姿勢が続くと、体位変換をしたとしても老廃物は膀胱に溜まったまま。
座ると腹圧で臓器に圧力がかかり尿意も感じやすくなります。さらに座っていることで食べ物の飲みこみもしやすくなる。高齢者の場合、飲みこむ力が弱ってくると嚥下性肺炎(えんげせいはいえん)なども起こしやすくなるため、「座る」ということは多方面から見ても重要なのです。
座っていることができるというのは「見た目」の話ではなく、解剖学的・生理学的に考えてもとてもいいこと。それをO先生は「守るも攻めるもこの一線」という言葉を通して教えてくれました。