「須藤様、このたびは、貴重なお時間をいただき…」
「お待たせいたしました。ブレンドコーヒーを3つでございますね。ご注文のほうは、以上でおそろいでしょうか」
ウェイトレスがお辞儀をして去ると、4人掛けのボックス席には、コーヒーが3つと、ゴールデンゴール商事の二人とオレの三人が残された。
さきほど渡された名刺によると、テーブルをはさんで目の前の2人掛けシートに腰を据えた、相撲取りをほうふつとさせる大男が、営業課長の九門雷同(くもん らいどう)。
そして、なぜか九門の隣ではなく、オレの隣に腰を下ろしたのが、電話をかけてきた橘高愛良(きったか あいら)だ。恰幅のいい九門の隣だと窮屈なのだろうか。
「須藤様、このたびは、貴重なお時間をいただき、まことにありがとうございます」
満面の笑みを浮かべた九門が、オレの目をまっすぐに見ながら口火を切った。笑顔になると目が細くなって、表情が読めないタイプだ。
「さっそく、ご説明のほうに入らせていただきますね。実は、私どもが扱っているのは、マンション・オーナーとして家賃収入を得る方法なんです」
「マンション、オーナーですか?」
「そうです。ご存知でしたか?」
「詳しくは知りませんが、マンションを買って、それを人に貸して、家賃収入を得るってことですよね。残念ですが、マンションを買うようなお金はありませんよ」
オレがそう言うと、九門は再びにんまりと笑って答えた。
「オーナーさまには、ほとんどご負担がかかりません」
「皆さん、最初はそうおっしゃるんです。でもね、実はマンションを買うのに、お金はほとんど必要ありません。銀行が貸してくれるんです」
「なるほど。でも、借りたお金は、いつか返さなきゃならないでしょう」
「もちろんそうです。借りたらすぐに、毎月の返済が始まります。しかし、その返済にもお金は必要ないんです。なぜかと言えば、マンションを買ったら、すぐに家賃収入が入るからです。銀行への返済は、この家賃収入でまかないます。ですから、オーナーさまには、ほとんどご負担がかかりません」
「なるほど、家賃収入があって、そこから銀行ローンを返済して、その差額が毎月の私の収入になるという話ですね」
「そうですねー、ただし、購入のための資金を全額、銀行から借りる場合は、ちょっとそうはならないんです。というのはー、あの、毎月の返済金額が大きい場合は、家賃収入とほぼ同額になってしまうことがあるんです。その場合は、返済が終わるまでは収入がほとんどないかもしれません。
けれども、ご安心ください! ローンの返済が終われば、後は家賃の全額が、永久に須藤様のものになります!もちろんマンション自体も須藤様のものですから、自分で住むこともできます。最初のうちは、収入がほとんどなくても、将来的にはマンションが手に入るんです。しかも、購入資金は家賃収入でまかなうことになりますから、本来の売り出し価格に比べれば、非常に安価に入手できるんです!」
九門の声がやや高くなった。橘高は、隣でしきりに頷いている。確かに、九門の言うことがすべて正しいのだとすれば、おいしい話だ。
けれども、オレのおじいちゃんは言っていた。
うまい話には裏がある。
「本当に、そんなにいい話なら、なんでゴールデンゴール商事さんが、自分でやらないんですか? あるいは、九門さんや橘高さんが、自分でオーナーになればいいじゃないですか」
「さすが、須藤様はするどいですね! そうなんです、本当は私どもが自分でやりたいところなんですが、実は、それができない理由があるんです。というのは、このスキームだと、銀行からお金を借りることがどうしても必要なんですが、銀行は、ある程度年収の高い個人にしか、このようなマンション購入資金を貸してくれないんです」
「ああ、だから電話で『ジャパソニックの社員にしかできない』と言っていたんですね」
「そうなんです! さすがですね! 私どものような中小企業の社員では、銀行からお金を借りられないんです。ですから、やむを得ず、広くお客様を募集しているといった状況なんです。
それに! 年収の高い人の場合、ボーナスが付くんです! というのは、マンションを買ってローンを支払っていると、その利息分は経費扱いになるので、税金が安くなるんです! 具体的な数字をお出ししましょうか?」
九門は慣れた手つきで資料を取り出すと、年収がこれくらいで、ローンがこれくらいなら、税金はこれくらい安くなるなどと指で示しながら説明した。
「須藤様の場合、おそらく年間20万~30万円は安くなるんじゃないですかね。それに、まだほかにもメリットはあるんです。須藤様は保険に入っていらっしゃいますか?」
オレは首を横に振った。