新しい現地法人社長に、社員は期待を寄せていたが…
Eさんは、家電メーカーに勤める30歳のビジネスパーソンだ。学生時代に留学経験があり、英語が流暢なことを見込まれて、シンガポールに赴任してきて4年目になる。
人当たりのいいEさんはすぐにシンガポールに馴染み、現地の社員にも慕われていたが、その一方で現地法人の社長に手を焼いていた。社長はシンガポール人なのに現地の社員からの評判が悪く、Eさんはいつも現地の社員との間に板ばさみになって困っていたのだ。
社長はいつも日本本社のほうばかり向いていて、社員の不満があるから改善してほしいと訴えても、まったく何もしてくれなかったのだ。
だがEさんの尽力もあって、ようやく社長が交代することになり、日本から2代目の現地法人社長が来ることになった。
「やはり社長は日本人じゃないとな」
Eさんもそう思ったし、現地の社員たちもかなり期待を持っていた。
そして当日、Eさんは空港まで社長を迎えに行くことになった。だが、社長の最初のことばにEさんは愕然とした。ホテルまでの車の中で彼はこういったのだ。
「3年で帰ると、本社と約束してきたよ。5年もいたら本社の本流からはじき出されてしまうからね」
新社長は、この赴任をまるで島流しのように思っているのではないか? そんなEさんの疑念には気づかず、新社長は得意げに、社内でいかにその「約束」のコンセンサスをとってきたかを語ったのだった。
翌日、社長就任スピーチがあった。
新社長は英語ができるとの話だったが、自分のことばで語ろうとせず、Eさんに向かって「いまから日本語でしゃべるから英語で通訳してくれ」といった。不遜な態度だった。
だめだ、こいつ。やる気ゼロだ。Eさんは心の中で思った。スピーチの言葉も、まったくインパクトに欠けていた、何か情熱を持ってこの地にやってきたのではなく、仕方がなくやってきて、しばらくみんなと一緒にやるからよろしくといったような内容に、明らかにみんなは失望していた。
現地の社員の中にはMBAホルダーもいたし、そうでなくとも日夜努力をしている社員が大勢いた。マーケティングの会議はコトラーのフレームワークを自社用に組みなおした実践的なものだったが、予想通り新社長はただ座って眠そうにしているだけで、何の方向性も出さない。
彼が張り切るのは、会議が終わった後に飲み会でカラオケに行くときだけだ。
ライバルの韓国企業に次々と引き抜かれる優秀な社員
そのうち、ついに恐れていたことが起きた。シンガポール社員の多くが、2代続く社長の体たらくに会社を見限ったのだ。
その現地法人で働いていた優秀な社員たちは、より高い給与とリーダーシップトレーニングプログラムを提示したライバルの韓国企業に次々と引き抜かれていった。驚いたことにこれらの社員たちの心をより強く動かしたのは、高い給与ではなく、グローバルレベルのトレーニングプログラムを受けられることだったのだ。
2代続く現地法人社長のリーダーシップ欠如は、彼らにとって反面教師となっていたからだ。新社長はその事態を、ただ指をくわえて見ているだけだった。
Eさんは新社長に落胆したが、問題はこの新社長を送りこんでくる会社にあるような気がしていた。海外赴任に求められるスキルやマインドの定義が時代に即していないというのだろうか。あるいは現地法人のリスクマネジメントに関する意識が低いのではないか。このままではグローバル企業に太刀打ちできなくなる日がくると、内心、戦々恐々とするばかりだった。
とはいえEさんにはなす術がなかった……。