前回は、医薬品卸業界を端緒とする業界再編の波が、ドラッグストア業界に及んだ経緯などを説明しました。今回は、この流れを受け、業界再編の動きがピークに迎えつつある調剤薬局業界を取り上げます。

調剤報酬の減額や薬剤師の不足で経営環境が変化

成長期から成熟期に差し掛かっている調剤薬局は、今もっとも業界再編が盛んに行われている業界のひとつです。2014年度に日本M&Aセンターが仲介して成約した、さまざまな業界のM&Aのうち、件数では全体の1〜2割を占めるほどに急増しています。

 

医薬を分離することで患者への適正な診療と薬剤の提供を行えるとの判断から、1993年、国主導で強力に医薬分業が推進されました。その結果、今では医薬分業というスタイルが当たり前になってきています。

 

町の薬局が調剤を始めたり、いわゆる門前薬局と呼ばれる病院のすぐ近くに店舗を構える調剤薬局が増え、業界は右肩上がりの成長を遂げていました。30年前は院外処方箋受け取り率が0%だったものが、現在では約70%まで増えています。

 

しかし、その医療分業は今、大きな曲がり角にあります。2012年度の処方箋数は7億5888万枚、処方箋単価は8309円となっており、過去5年間でもっとも低い伸び率になりました。また、全国の店舗数は2013年の調査では5万5644店とオーバーストアーになっていることから、市場が成熟期に突入したことが鮮明となり業界再編が加速しているのです。

 

中小・中堅規模の調剤薬局の経営環境が変わった要因は、さまざまあります。まず、2014年4月、慢性的な財政赤字・破綻寸前の医療保険財政、増え続ける介護費用により、調剤報酬改定が行われ、特定の医療機関からの処方箋が90%を超える薬局は調剤基本料を減額されました。2年ごとに行われる改定ですが、今後はさらに調剤報酬の引き下げが行われていくと予想されています。

 

また、国としては医療費の増加を防ぐため、これ以上医師を増やせないことから薬の宅配など在宅医療が推進され、24時間対応ができる薬局に優遇措置がとられました。すると、1~3店舗経営といった規模の小さい門前薬局などでは休日や夜間の対応までは手が回らず、ますます経営が厳しくなりました。

 

さらには、深刻な薬剤師不足があります。医療の高度化に対応するために2006年から薬科大学などの薬学部が4年制から6年制に移行されました。薬剤師になるためには6年制大学を卒業し、国家試験に合格しなければいけないため恒常的に薬剤師が不足することになりました。また難関を突破し、知識を身につけた薬剤師は自らの能力を生かせる職場を求めて大手調剤薬局への就職を希望するため、小規模調剤薬局は慢性的に薬剤師不足という事態に直面しているのです。

 

 

こうした状況から、規模を拡大する地域薬局が出現します。すると、地域でのブランド力が高まり、周辺の医療機関との連携が深まり、新規出店の情報も入手しやすくなります。また、共同で教育研修をするなど、企業のレベルアップを狙っていくことができます。

 

さらに仕入れの量を増やすことで、医薬品メーカーとの交渉力が強まり、仕入れ値を下げることもできます。これはどの業界でもいえることですが、先に再編を達成した業界の価格支配力が高まる傾向にあります。たとえば、鉄鋼メーカーと自動車メーカーでの鋼板の仕入れや、家電メーカーと家電量販店での仕入れの例などでも見られるように、同業他社の売り上げを自社に取り込むと同時に市場コントロール力を高めていくことができるわけです。加えて、福利厚生や社員の教育制度などの環境を整えることができるため、人材を確保しやすく店舗間での人材の融通も可能になります。

再編がピークを迎える今が、会社売却の絶好機!?

一方、中小規模の薬局ではすべてが逆の方向に向かっていきます。すべてのマイナス要素がのしかかってくるため、今のところ業績は安定しているが、「数年後どうなっているかわからない」「いずれ立ち行かなくなる」というのは目に見えています。

 

ならば、今のうちに大手グループの仲間入りをしたほうが会社を存続させることもできるし、成長していくこともできる。それに、社員の将来にとっても幸せだろうと考えるオーナー経営者が増えているのです。

 

ところで、調剤薬局業界の再編の転機は、2013年に訪れました。ドラッグストア大手の富士薬品が調剤薬局の上場企業だったオストジャパングループ(北海道で19店舗を展開)を買収したM&Aです。

 

この年には、メディカルシステムネットワーク(北海道)とトータル・メディカルサービス(福岡を中心に35店舗を展開)の調剤薬局の上場企業同士のM&Aも行われ(178頁参照)、これがきっかけとなって、その後、10~20店舗のM&Aが立て続けに成立したことで再編が加速していきました。

 

2014年には医薬品卸の上場企業であるバイタルネット(宮城)に、オオノ(宮城)が譲渡。店舗数50店、年商120~130億円クラスの地域薬局のM&Aが動き始め、さらにはココカラファインとクオールというドラッグストアと調剤薬局の大手同士の業務提携が発表されたことで、業界再編は新たな局面に入ったといえます。

 

現在、アインファーマシーズ、日本調剤、クオール、総合メディカルなど上位20社のシェアは約11%にとどまっており、業界再編の動きは今がまさにピークという状況です。

 

実際、今が会社売却の絶好のタイミングです。買い手希望の企業はたくさんありますし、売却金額や諸条件でも売り手が有利に交渉を進めることができます。また、株式の売却後も子会社の社長として経営を続ける方が多いのも、この業界の特徴です。医療業界では継続性がもっとも重要ですので、早めに事業承継の道筋をつけておこうと考える経営者が多いのです。

 

業界を取り巻く環境は大きく変化しています。ドラッグストア、医薬品卸、スーパーマーケットなど異業種の大手企業の参入が続き、クオールは業務提携によってコンビニに調剤薬局を併設した「ローソンクオール」を開店して相乗効果と顧客の囲い込みを狙っています。また2015年7月には、アインファーマシーズが資生堂から化粧品ブランドを展開する子会社を買収することを発表しています。

 

「ただ薬を渡すだけ」などといわれ、その存在意義が問われている調剤薬局。今後は再編により事業規模を拡大していくことで、在宅業務の本格化やIT化、異業種との提携などの大きな変化に対応していくことになるでしょう。また、地域医療の拠点としての役割、たとえば地元の「かかりつけ薬局」として患者さんにとってより身近な存在となって地域医療を支え、貢献していくことも望まれています。

本連載は、2015年9月20日刊行の書籍『「業界再編時代」のM&A戦略』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

「業界再編時代」のM&A戦略

「業界再編時代」のM&A戦略

渡部 恒郎

幻冬舎メディアコンサルティング

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