「画一的な介護」になりがちな特別養護老人ホーム
事例:志摩介護老人福祉施設
利用者一人ひとりの笑顔が見られる施設づくりを目指す
●24時間シートをつくって利用者の生活パターンを知る
●利用者の言葉にできない気持ちを引き出す
●介護職員の都合ではなく、利用者優先のアプローチをする
特別養護老人ホームでは、集団生活を営むため決まったスケジュールに沿って実施する画一的な介護になりがちです。しかし施設は利用者の生活の場でもあるため、施設では「その人らしく生活してもらう」ことを目標にした介護が必要になります。
私の法人で運営する、完全個室50床のユニット型、志摩シルバーケア豊壽園の90代の男性利用者・Aさんは、畑づくりや散歩など、外に出て身体を動かすのが大好きです。敬老祝賀会などのイベント時にはきちんとジャケットとネクタイを着用し、身だしなみにも気をつかいます。好奇心旺盛で前向きで、国民の祝日には「君が代」を歌いながら国旗を揚げ、選挙の際には「これは国民の義務だからね~」と不在者投票を欠かしません。女性入所者を対象にメイクセラピーの講座を開催したときも、自ら願い出て眉毛の手入れをしてもらっていました。
Aさんに「ここの暮らしはいかがですか?」と聞くと、冗談めかして「まるで、ここは牢獄やね」といいます。ご高齢のため、外出や畑仕事を制限したりする日もあり、そういうときの決まり文句です。
利用者の自信を取り戻した「介護職員の気づき」とは?
このように活動的な毎日を過ごすAさんは、別の法人の介護老人保健施設から移ってきた入居時は、寝たきり状態で、食事介助を要し、褥瘡(じょくそう)もあって、現在の姿を想像することはできないような状態でした。また感情の起伏も激しく、職員に怒りをぶつけることもあり、慎重な対応が必要でした。
職員たちは「イライラするのは自分で自由にできないことが多いからではないか」と考え、Aさんの気持ちを汲んだアプローチを続けました。
すると、少しずつ以前の生活リズムや習慣を取り戻し、Aさん自身も積極的にリハビリに取り組むなど、前向きな気持ちに変わっていき、現在のような状態にまで回復したのです。
Aさんの努力を引き出すターニングポイントとなったのは、ひとりの介護職員の小さな気づきでした。
もともと、若い頃からおしゃれだったAさん。しかし、入れ歯の不具合から、話すことや食べることがうまくできずにいました。それを治療することで不調が改善できるのでは、と気づいた介護職員は、すぐに入れ歯の矯正をしました。
すると会話や食事がスムーズになったのはもちろん、口元がすっきりしたことで、顔つきも精悍(せいかん)になったのです。職員から「男前ですよ~」といわれ、気持ちも明るくなり、生活にハリが出てきました。
利用者がその人らしい生活を営むためには、単に職員が手厚く介護をするだけでなく、利用者のさまざまな状況を考慮して、本人も気づいていないような、心の奥にある気持ちを引き出すことが重要です。
そのためには、利用者が若い頃どんな生活をしていたのか、どんなことが好きでどんな人生を送ってきたのかを知ることがヒントになります。
老いによって、腰が曲がったり入れ歯になったりうまく歩けなくなったりと、利用者は若い頃の自分と比べて自信を失いがちです。その自信を再び取り戻してもらうためには、施設にいても自宅で暮らしていたときと同じように生活することが大切です。たとえば施設内で過ごすときも、服を着替えたり髪をとかしたりして身だしなみを整えます。すると、自然に気持ちにハリが生まれ、個室を出てほかの利用者とおしゃべりをしたり、アクティビティに参加したりするようになります。生活にメリハリが出て、個室への閉じこもりを防ぐことにもつながります。