社会保障関係費の「自然増」を機械的に削減した政府
「地域包括ケアシステム」を機能させるためには病院や診療所、訪問看護ステーション、介護施設などの資源を最適な形で連携させることが不可欠です。政策として打ち出すだけでは、そのようなネットワークは構築されるわけもなく、実際、整備はうまく進んでいません。
医療費のやみくもな削減は、こうしたネットワークを崩壊させる恐れがあります。図らずもそのことを証明したのが小泉政権でした。自民党の小泉純一郎首相(当時)は、2001年の就任以来「聖域なき構造改革」を掲げて各分野の歳出削減を進めました。医療や介護などの社会保障も例外ではなく、年度ごとの予算編成で高齢化などに伴う社会保障関係費の「自然増」を機械的に削減したのです。
その結果、経営困難に陥る病院が全国で相次ぎ、新聞やテレビなどの大手メディアでは「医師不足」や「救急患者のたらい回し(受け入れ拒否)」をキーワードに「医療崩壊」を盛んに取り上げました。
これを受けて、政府は医師の養成数を大幅に増やすなどの対応を進めましたが、病院が置かれた状況はさほど変わってはおらず、国の医療費削減策に翻弄され、状況はむしろ厳しさを増しているのです。
たとえば、都市部など特定の地域や診療科への医師の偏在が顕著化するなど、医療人材の不足は今も大きな悩みです。
今後、少子化がさらに進めば、医療の担い手を確保するのは一層難しくなります。病院側にしてみれば、増加する医療行為に見合うだけの利潤を生み出せないばかりか、業務量が大幅に増えるのに十分な人材を確保できないという危機的な状況に陥りかねません。
大きすぎる業務負担に耐えきれずに病院を去るスタッフが増加することで、残されたスタッフの負担が膨らみ、離職率をさらに高めるという負のスパイラルが現実味を帯びているのです。
自由診療への転換が地域住民に悪影響を及ぼす可能性も
こうした中で、医療機関も生き残りをかけてサービスを多様化させています。地域によっては、在宅医療を含めて一つの病院が地域医療を支えているケースもあります。これに対して都市部などでは、公的な医療保険の枠組みから外れ、サービスの値段を自由に設定できる健診や美容医療(自由診療)などに特化する医療機関もあります。しかし保険診療と自由診療とを併用する混合診療は原則認められていません。
もちろん、こうした医療機関にも大切な役割がありますが、これから先、多くの医療機関が一般急性期医療に見切りをつけて自由診療の道を選択すれば、医療への「アクセス」は今よりも難しくなり、結局は地域住民の多くに悪影響が及ぶことは間違いありません。
今後の日本で医療制度を持続するためには、サービスの効率化が必要です。しかし、無闇に医療費削減を行えば、従来の医療制度に立脚した「病院」は崩壊しかねません。問題はやり方です。在宅医療への転換を進めるというのなら、全国一律にではなく、地域の実情に配慮して、地域住民や患者に悪影響を及ぼさないようにすべきなのです。