前回に引き続き、ザ・ウィンザーホテル事件について見ていきます。 会社が負けた「3つの理由」が今回のテーマです。※本連載は、堀下社会保険労務士事務所所長で社会保険労務士の堀下和紀氏、穴井りゅうじ社会保険労務士事務所所長で社会保険労務士の穴井隆二氏、ブレイス法律事務所所長で弁護士の渡邊直貴氏、神戸三田法律事務所所長で弁護士の兵頭尚氏の共著、『労務管理は負け裁判に学べ!』(労働新聞社)より一部を抜粋し、会社側が負けた労働判例をもとに労務管理のポイントを見ていきます。

時間外労働の対価の明示がない「労働条件確認書」

(1) 「95時間相当」と明示されていなかった

 

本件職務手当について、本判決は、W社の主張する95時間分の時間外賃金としての合意は否定し、むしろ、「無制限な定額時間外賃金に関する合意」であったと解釈しています。


平成20年4月の労働条件確認書には、「基本給22万4800円」、「職務手当(割増賃金)15万4400円」と明示されていましたが、本件職務手当が何時間の時間外労働の対価であるかは記載されていませんでした。

 

本件職務手当について、単に「割増賃金」と明示するだけでなく、「○時間相当の割増賃金」とまで明示するべきでした。このような明示がなかったことが、「無制限な定額時間外賃金に関する合意」と認定された最大の原因です。


(2) 95時間を超えた残業の時間外賃金を支払っていない


「無制限な定額時間外賃金に関する合意」と認定された原因は他にもあります。W社は、本件職務手当が95時間の時間外労働に対する対価であると主張しながら、95時間を超える残業が生じても、これに対して全く時間外賃金を支払っていませんでした。


このように95時間を超える残業に対して時間外賃金を支払わないという自己矛盾行為も、「無制限な定額時間外賃金に関する合意」と認定された原因となりました。

固定残業手当を予定する時間外労働の義務付けが敗因に

(3) 本件職務手当の支給により時間外労働を義務付けていた


W社の労務管理に携わる人物が、Xに対して「こいつには職務手当分の残業をさせろ」などと発言しています。本件職務手当の支給により時間外労働の義務があると認識していたのです。このような事情により、本件の定額時間外賃金の合意も、労働者に対して、時間外労働を義務付ける合意を含むと解釈されています。


このような時間外労働の義務を前提として、本判決は、本件職務手当の受給合意について、労働基準法36条の上限として周知されている月45時間を超えて具体的な時間外労働義務を発生させるものと解釈すべきでないと判示しました。


すなわち、本件職務手当が95時間分の時間外賃金であると解釈すると、本件職務手当の受給を合意したXは95時間の時間外労働義務を負うことになるものと解されますが、このような長時間の時間外労働を義務付けることは、使用者の業務運営に配慮しながらも労働者の生活と仕事を調和させようとする労働基準法36条の規定を無意味なものとするばかりでなく、安全配慮義務に違反し、公序良俗に反するおそれさえあるとされたのです。
このように、本件職務手当の支給により時間外労働を義務付けていたことが大きな敗因となっています。


結局、本件の負けたポイントをまとめますと、以下の3つとなります。


<裁判で負けたポイント>


1 固定残業手当の予定する時間外労働時間数を「○時間相当」と明示していなかったこと

2 固定残業手当の予定する時間外労働時間数を超える残業に対して時間外賃金を支払わなかったこと

3 固定残業手当の支給により固定残業手当の予定する時間外労働を義務付けていたこと

労務管理は負け裁判に学べ!

労務管理は負け裁判に学べ!

堀下 和紀,穴井 隆二,渡邉 直貴,兵頭 尚

労働新聞社

なぜ負けたのか? どうすれば勝てたのか? 「負けに不思議の負けなし」をコンセプトに、企業が負けた22の裁判例を弁護士が事実関係等を詳細に分析、社労士が敗因をフォローするための労務管理のポイントを分かりやすく解説…

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