前回に引き続き、ザ・ウィンザーホテル事件について見ていきます。「なぜ会社が負けたのか」が今回のテーマです。※本連載は、堀下社会保険労務士事務所所長で社会保険労務士の堀下和紀氏、穴井りゅうじ社会保険労務士事務所所長で社会保険労務士の穴井隆二氏、ブレイス法律事務所所長で弁護士の渡邊直貴氏、神戸三田法律事務所所長で弁護士の兵頭尚氏の共著、『労務管理は負け裁判に学べ!』(労働新聞社)より一部を抜粋し、会社側が負けた労働判例をもとに労務管理のポイントを見ていきます。

「固定残業手当制度」が大きな争点に

<なぜ会社は負けたのか? 弁護士のポイント解説>

 

1.残業代削減策として、「管理監督者制度」や「固定残業手当制度」が利用されることがしばしば見受けられます。

 

日本マクドナルド事件などを契機に「名ばかり管理職」問題がクローズアップされると、残業代削減策としての「管理監督者制度」より「固定残業手当制度」が多く利用されているようです。中には、基本給を最低賃金額まで抑えて、固定残業手当の割合をできる限り大きくして、残業代の発生を抑えている例も少なくありません。

 

賃金計算を簡略化するため、毎月、一定時間までの時間外労働の対価として(時間外労働がその一定時間に満たない場合でも)定額の時間外賃金を支払う旨を合意し、または就業規則でその旨を定めること自体は違法ではありません。

 

それでは、「固定残業手当制度」を利用すれば、時間外手当を一切支払わなくて済むのでしょうか。本件は、このような「固定残業手当制度」に対する限界を示すものとして実務上参考になる事案です。

 

2.ところで、本件では、固定残業手当制度の解釈のほか、賃金減額に関する合意の存否も争われています。固定残業手当制度の解釈の前提となる争点ですので、この点を簡単に解説します。

 

まず、平成19年4月の賃金減額の提案に対し、Xが、「ああ分かりました」等と応答したことは、「会社からの説明は分かった」という程度の趣旨に理解するのが相当であり、この応答をもって、年額124万余円の賃金減額にXが同意したと認めることはできないと判断されました。

 

他方、Xが平成20年4月29日に労働条件確認書に署名押印したことをもって賃金減額の合意が成立したと判断されています。その理由は、労働条件確認書は特に複雑なものではなく、むしろ簡略なものであり、減額後の賃金の内訳も明確に記載されていたからです。

「無制限な定額時間外賃金に関する合意」は違法

3.このように、平成20年4月29日の労働条件確認書により、XとW社は、固定残業手当として月額15万4400円の職務手当の受給を合意したことになりました。

 

問題は、上記職務手当受給合意が何時間分の時間外労働に相当するかです。

 

この点に関して、W社は、賃金規程の計算方法を根拠として、本件職務手当が95時間分の時間外賃金であると主張しましたが、かかる主張は排斥されて、むしろ時間外労働が何時間発生したとしても定額時間外賃金以外には時間外賃金を支払わないという趣旨で定額時間外賃金を受給する「無制限な定額時間外賃金に関する合意」がなされていたと認定されています。

 

このような無制限な定額時間外賃金に関する合意は、強行法規である労働基準法37条以下の規定の適用を潜脱する違法なものです。

 

本判決は、このような強行法規に反する合意を直ちに全面的に無効なものとせず、「一定時間の残業に対する時間外賃金を定額時間外賃金の形で支払う旨の合意である」と限定解釈して、その限りで有効と解釈しました。

 

そのうえで、本件職務手当は、労働基準法36条の上限として周知されている月45時間分の通常残業の対価に過ぎず、月45時間を超えてされた通常残業および深夜残業に対しては、別途、時間外賃金が支払われなければならないと判断しました。

 

本件職務手当は、どうして、W社の主張する95時間分の時間外賃金ではなく、45時間分の時間外賃金と限定解釈されてしまったのでしょうか。

 

次回は、本件で会社が負けた決定的理由を見ていきます。

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