前回は、ファミリービジネスの事業承継について、差別化戦略の観点から考察しました。今回は、製品・市場マトリックスから見た後継者の課題を取り上げます。

企業成長の方向性を検討する「製品・市場マトリックス」

一般的な経営学の教科書によると、企業とは、製品(サービス)を生産して販売(市場投入)する継続的な組織であると定義されています。どのような製品を開発するのか、どのような顧客(市場)を開拓するのかは、企業の成長の方向性を検討する上で重要なテーマとなります。

 

経営戦略研究家のアンゾフは、製品・市場マトリックス(成長ベクトル)という、企業成長の方向性を検討する概念を提示しています。製品・市場マトリックスは、ファミリービジネスの次世代経営者の企業行動を分析するうえで参考となります。

後継者による新たな成長の方向性は四つ

これまでの連載で見てきた通り、事業承継とは先代経営者から伝統を引き継ぐだけではなく、後継者による新たな成長分野への展開や既存事業の活性化(革新)が必要となります。アンゾフの製品・市場マトリックスは、後継者による新たな成長の方向について、市場浸透、新製品開発、新市場開拓、多角化の四つの方向を示しています。

 

第一の市場浸透とは、既存の製品を既存の顧客に供給して市場シェアを拡大しようとする戦略のことです。具体的には既存製品の宣伝広告や物流の強化等があげられます。後継者にとっては、比較的取り組みやすい戦略といえるでしょう。

 

第二の新市場開拓開拓とは、既存の製品を新しい顧客を開拓して供給しようとする戦略のことです。具体的には、既存製品を日本国内だけではなく、米国や中国等の海外の新しい顧客に提供することが上げられます。製品輸出に留まらず、工場や店舗を現地で展開する場合には、法律や文化の違いを乗り越えなければなりません。

企業に大きな変化を要求する「多角化」

第三の新製品開発とは、新しい製品を開発して既存の顧客に供給しようとする戦略のことです。具体的には、技術開発や研究開発を行うことで、既存の製品ラインに新製品を追加することで売上高や利益の拡大を目指すものです。新製品開発は、従来の製法や組織の変化を伴うことになります。

 

最後の多角化とは、新しい製品を新しい顧客に供給していこうとする戦略のことです。例えば、鉄道会社(鉄道利用者に鉄道サービスを提供する事業)が不動産事業(住宅や土地の見込客に土地建物を提供する事業)に展開していくようなことが考えられます。

 

多角化は、新製品開発や新市場開拓よりも、企業に大きな変化を要求します。伝統的なファミリービジネスでは組織的慣性(変化への抵抗等)が働きやすく、後継者にとっては大きな挑戦的課題となります。

 

製品・市場マトリックスの観点からは、多角化、新製品開発、新市場開拓、市場浸透の順で、後継者に求められるエネルギーは大きくなります。ファミリービジネスの事業承継では、企業を取り巻く経営環境、製品ライフサイクル(次回詳説)等の複数の要因を考慮して、将来の成長ベクトルを検討する必要があります。

 

[図表]製品・市場マトリックスにおける後継者の課題

出所:筆者作成
出所:筆者作成

 

 

<参考文献>
Ansoff, H. I. (1965). Corporate Strategy. Mcgraw-Hill, Inc. (広田寿亮訳『競争の戦略』産業能率出版部, 1982).

落合康裕(2016)『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』白桃書房.

本連載は書下ろしです。原稿内容は掲載時の法律に基づいて執筆されています。

事業承継のジレンマ

事業承継のジレンマ

落合 康裕

白桃書房

【2017年度 ファミリービジネス学会賞受賞】 【2017年度 実践経営学会・名東賞受賞】 日本は、長寿企業が世界最多と言われています。特にその多くを占めるファミリービジネスにおいて、かねてよりその事業継続と事業承継が…

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