売買契約前の「トップ面談」で意思疎通を図る
買い手は秘密保持契約締結後、売り手の詳細な情報パッケージを検討した後で、譲渡価格の基本条件の交渉に移るのですが、その際に大事なのが、トップ面談です。
売り手と買い手双方の経営者が初めて顔を合わせて互いの会社の事業内容や企業風土、経営理念について話し合います。まさにお見合いのようなもので、どんなに書類上魅力的に感じていても、経営者同士の相性が悪く、互いによい印象が得られなければ話が進まなくなることもあります。
売り手としては、自分の育ててきた事業や従業員を安心して託せる相手かどうか気になりますし、買い手としては、信頼に足る会社からリーズナブルな値段で買うことができるのかが気になるところです。
これから話を進めていくためには、仲介者だけでなく双方の協力が欠かせませんから、トップ面談は一度ではなく、納得するまで話し合いをして互いの信頼を深めていくことになります。
こうして無事にトップ面談も終わり、互いの意思疎通も十分にできるような空気が生まれたところで、事業の売買契約に向けた基本的な交渉がはじまります。場合によってはこのとき買い手から売り手に対して事業の譲り受けを前向きに考えているという意思を示すため「意向表明書」という文書を作成し、交渉に入る場合もありますが、これには法的拘束力はなく、省略されることもあります。
双方の価格提示が交渉のスタートライン
交渉する中身には、譲渡される事業の中身とその価格、売却までのスケジュールと引渡期限、役員や従業員の処遇と引継条件、経営者の処遇などがあります。
事業譲渡の交渉において、売り手のもっとも気になることのひとつが、いったいこの事業部門が、どのくらいの価格で売れるのかということでしょう。価格の目安となる査定基準については、第10回に説明したとおりですが、交渉には相手がいることですから、思ったように売れるとは限りません。
売り手が必要以上に強気な価格を提示すれば、売れるものも売れなくなってしまいます。譲渡価格に関しては、やはり信頼できる専門家にきちんとした戦略を立ててもらい交渉していかなければなりません。
たとえば、金融機関に対して3億円の負債があったとします。売り手の会社が特別清算などの方法により、債務を整理するためには債権者への弁済金がゼロというわけにはいきませんから、負債額の10%、つまり3000万円程度の弁済金は必要でしょう。さらにその後の特別清算の申立費用や弁護士費用で500万円くらいはどうしても必要です。こうして考えると、3500万円という金額は最低でも必要だとわかります。
この場合、事業譲渡によって経営者が得るお金はまったくありませんが、金融機関などへの弁済金が払えるうえに、特別清算が行えるとなれば、その分メリットは大きいでしょう。
希望価格を先方に伝えるには、まずあらかじめ許容できる価格の幅を定めておき、その上限の金額から提示するという戦略があります。もちろん買い手は、同じように許容できる価格の幅の下限を提示するでしょうから、双方の提示金額にはかなりの幅があるのが普通です。そこが交渉のスタートラインです。
売り手も買い手も、交渉にあたるのはプロですから、まったく根拠のない数字をふっかけたりすることはないはずです。交渉の過程で、なぜこの価格なのかを互いに説明しながら相手の譲歩を引き出し、こちらも歩み寄りながら着地点を見出していきます。買い手は会社の事業に魅力を感じて買いたいと考えているのですから、交渉を続ければほとんどの場合、双方納得できる形にまとまってきます。
もちろん価格交渉が折り合わないこともありますが、赤字会社の売り手としては、できるだけ早く買い手を探して次に進みたいものです。場合によっては、価格交渉で譲歩した分、その他の条件で見返りを得るといった交渉術も必要でしょう。
売却のスケジュールや引渡期限も、重要な交渉項目のひとつです。売り手としては、買い手が決まった以上、少しでも早く売却して残った会社の整理へと移りたいものですが、意外に先に延ばされることもあります。決算の都合で、「来期の決済にしたいので、半年待ってください」といわれてしまえば、しかたがありません。その間は会社の内外に情報が漏れないように細心の注意を払いながら、これまでどおりの事業を続けていかなくてはなりません。また、経営面でもその程度の余裕を持って交渉に臨む必要があります。
雇用関係については、先に述べたように、自動的に承継されることはありませんが、経営者が、譲渡後も従業員をそのまま雇用してほしいといった希望を伝えることはできます。買い手が承諾すれば、ひとまず従業員はそのまま同じ事業部門で継続して働くことができます。