学生の活躍が企業成長の「起爆剤」に
中小企業の人材不足は深刻化しています。事業を大きくしたくても、人手が足りない。後進が育たず、従業員は高齢化していく。トップにどれだけ優れたアイデアがあっても、それを実行することができないのが現状です。
既存の社員を頼れないので人を雇いたい、けれど雇えない。そんな八方ふさがりの状況に風穴を開けたのが、長期インターンシップでした。私の会社の名前を広め、学生チームの活躍の起爆剤となった成功例を紹介しましょう。それは、ある男子学生の根気と熱意によって実現しました。
南山大学法学部3年生のT君はフィリピンに1カ月留学したのをきっかけに、日本のものづくり、伝統産業についてもっと知りたいと興味を持ちます。ホームページで私の会社の仕事を見て「丸八テントで仕事がしたい」と、最初からインターンシップ先に決めていたといいます。
彼が担当したのは「みんなの森 ぎふメディアコスモス」という岐阜県岐阜市にある公益文化施設。市立中央図書館、市民活動交流センター、多文化交流プラザ、展示ギャラリーが入った複合施設で、今では岐阜のランドマークとなっています。
この施設のシンボル的な存在が図書館内にある「グローブ」。岐阜の山々の稜線をイメージしたなだらかな木造格子屋根から、各エリアをふんわりと包み込むように吊り下げられた巨大な照明器具です。「グローブ」には、丸や六角形などの自己消火性のある不織布を重ねています。
これは学生がパッチワーク状に一枚一枚接着させたもの。その数、実に12万枚。T君はプロジェクトのリーダーとして、地元の学生たちを巻き込んでスケジュール通りに見事に完成させました。
[図表1]グローブの設計図
ぎふメディアコスモスの建築デザインを手がけたのは、建築界のノーベル賞といわれているアメリカのプリツカー賞を受賞した伊東豊雄氏です。天井から吊り下げる「グローブ」は、その滑らかな形状をつくり出すために特別な技術が必要でした。当初、予定していた大手施工会社に断られたゼネコンから、「なんとかできないか」とオファーをいただいたのです。
私の会社は以前、JAPANブランドのカーボン素材を使ったときに「熱成形」の技術を習得していました。同業他社では事例がないことですが、私の会社では初代インターン生から引き継いだノウハウがあったからこそ、図面を見たときに、「うちならできる」と引き受けることができたのです。
常識にとらわれない柔軟な対応が成功を導く
リーダーとして製作を引っ張ってくれたT君はものづくりが大好きで、コツコツと同じことを続けられるタイプです。リーダーとしてのモチベーションを上げるために、いくつかの心構えを伝えました。
一歩先に進んで段取りをし、人を動かすためには理念を掲げること。つまり、「ぎふメディアコスモスがどんな存在で、岐阜の人々にどんな影響を与えるのか」を伝え続けるように教えました。具体的に指示を出さなくても進むべき道を示すと、彼は自分の頭で考え、今何をすべきかを理解していきました。
問題だったのは人手不足です。そのころ、インターンシップに来ていた学生は6人。総動員しても到底、納期に間に合いません。当時の心境をT君はこう語っています。「ぎふメディアコスモス以外にも、隙間時間にはブログを更新したり他の案件の資料をつくったりと、さまざまなプロジェクトが同時進行していました。
そんな中で、ぎふメディアコスモスのリミットも刻一刻と迫ってきます。私一人が一日中作業をしても全然進まないこともありました。それでも、仕事は楽しかった。毎日がドキドキ、ヒヤヒヤ、ワクワクの連続でした。これをやり遂げたらきっと自分は大きく成長する。世界初の試みでもあったので、絶対に成功させたいという気持ちを強く持っていました」
そこでT君は、地元の学生ボランティアを集めるために各学校へプレゼンしたのです。地元の工業高校へ足を運び、大学生まで巻き込んで学生チームは総勢40名になり、人が人を呼んで関わったのは総勢800人にもなりました。ひとつの大きな課題は、作業場所です。
直径8~14mのドーム状の照明器具「グローブ」。作業する場所も考えなくてはなりません。彼は地元の工場でスペースを借り、その手続きもすべて自分で進めました。しかし、これでようやく作業が進む、と思ったときにまたトラブル。契約した工場からNGが出たのです。せっかく運び込んだ材料や資材を再び自分たちの手で運び出し、また新しい作業場へと引っ越しました。
不織布は立体裁断され、平面ではないため接着が難しい。ボランティアの学生たちでアイデアを出し合い、どうやって貼ればうまくいくかを検討し、トライアンドエラーを続けてゴールを目指したのです。ときには、失敗し、せっかく貼り付けたもののすべてを剝がすこともありました。
それでもT君は士気を上げ、クオリティに一切妥協しなかった。ボランティアの学生たちも、それについていったのです。学生たちは、アルバイト代が出ないのになぜ集まったのか。
それはT君が"理念"を語ったからです。自分の仕事が100年後にも残り、いつか子どもができたとき、孫の代まで見せられる誇らしいものになる。そんな作品を一緒につくり上げよう、と。この熱意に共感した学生たちが、製作に参加してくれたのです。
それからの作業は順調でした。集まる学生の数は日によってまちまちでしたが、みな積極的に製作を手伝ってくれました。こうしてなんとか、リミットまでに12万枚という膨大な数の不織布を貼り終えることができたのです。
ものづくりを通して学生たちは大きな成長を遂げました。と同時にこのぎふメディアコスモスの案件での成功は、T君が自ら考え、行動を起こしたことで得られた結果であり、彼自身の成長にもつながったのです。まさに「ものづくりは人づくり」だと改めて実感した案件になりました。
[図表2]学生ボランティアを集め完成させたグローブ