ニクソン政権の家族援助計画(FAP)と負の所得税
ジョンソンの後任として1969年に大統領に就任したニクソンは、国内の福祉政策の見直しに取り組みました。その代表的な政策構想が、家族援助計画(Family Assistance Plan:以下「FAP」)です。
当時の米国には、扶養児童のいる低所得世帯を支援する扶養児童家庭扶助(Aid to Families with Dependent Children:AFDC)という制度がありました。しかし、福祉受給者の増加や制度運営に伴う財政負担、働くことによって給付が減少する仕組みが就労意欲を損なうのではないかという問題が指摘されていました。
こうした状況を受け、ニクソンは1969年8月、従来のAFDCに代わる制度としてFAPを提案しました。
FAPは、一定の所得を保障しながら、就労を促すことを目的とした制度構想です。所得がない世帯には最低限の所得を保障し、就労によって所得が増えた場合には、その増加に応じて給付額を減らしていく仕組みを想定していました。
この考え方の背景には、経済学者ミルトン・フリードマンらが提唱した「負の所得税(Negative Income Tax)」があります。
通常の所得税は、所得が増えるほど税金を納める仕組みです。これに対して負の所得税は、所得が一定水準を下回る人に対して、税金を徴収するのではなく、所得に応じて政府が給付を行うという考え方です。所得が増えるにつれて給付額を段階的に減らすことで、働いて所得を増やす意欲を維持しようとするものです。
ただし、FAPは議会で成立しませんでした。下院では可決されたものの、上院での成立には至らず、実施されることはありませんでした。
それでも、最低所得の保障と就労促進を組み合わせるという考え方は、その後の米国の福祉政策や税制の議論に影響を与えました。
1975年減税法によってEITCが創設
FAPが成立しなかった一方、低所得の勤労者を支援する制度として導入されたのが、勤労所得税額控除(Earned Income Tax Credit:以下「EITC」)です。
1975年3月29日、1975年減税法(Tax Reduction Act of 1975:以下「TRA1975」という)が成立しました。この法律の第204条に、勤労所得に対する税額控除(Credit for certain earned income)の規定が設けられました。これがEITCの始まりです。
EITCは、低所得の勤労者に対する税負担の軽減を図るとともに、社会保障税(Social Security Tax)の負担を補い、就労を促進することを目的としていました。
当初のEITCは、1975年の1年間に限られた時限措置として導入されました。その後、複数回の延長を経て、1978年の歳入法(Revenue Act of 1978)によって恒久的な制度となりました。
EITCが導入された背景には、単一の政策や経済理論だけでは説明できない複数の事情があります。ジョンソン政権が進めた貧困対策、ベトナム戦争による財政・経済への負担、国内の失業問題、福祉制度の見直し、そして公民権運動を通じた社会的な格差是正への要求などが重なっていたのです。
したがって、EITCはフリードマンの負の所得税の考え方をそのまま制度化したものではありません。むしろ、米国が直面していた貧困や雇用の問題に対応するため、税制を活用して勤労者を支援するという政策の一つとして誕生したといえます。
1975年当初のEITCの仕組み
TRA1975の第204条では、勤労所得の10%を税額控除の対象とする仕組みが設けられました。
具体的には、年間の勤労所得のうち最初の4,000ドルについて、その10%に当たる最大400ドルが税額控除されました。
所得に応じた控除額は、次のように設定されていました。
・勤労所得が4,000ドル以下の場合:所得の10%を控除(最大400ドル)
・勤労所得が4,000ドルを超え、8,000ドル未満の場合:所得の増加に応じて控除額が減少
・勤労所得が8,000ドル以上の場合:控除額はゼロ
つまり、勤労所得が少ない段階では所得の増加に応じて税額控除が増え、一定水準を超えると控除額が減少する仕組みでした。
また、EITCは税額控除額が納税額を上回る場合でも、超過分の還付を受けられる仕組みを採用していました。この点が、一般的な税額控除と異なる重要な特徴です。
当初の制度は、主に低所得の勤労者や子どものいる世帯を対象としていました。勤労所得には給与などが含まれ、自営業者の場合には事業による純所得が対象となりました。
