「売上2倍」を掲げ、毎年黒字を続けてきた町工場
田中健一さん(仮名・52歳)は、父親から継いだ金属加工の町工場を経営しています。従業員は5人。妻と大学生の長男の3人家族です。
田中さんが社長になってから掲げてきた目標は「売上2倍」でした。売上を伸ばすために、新しい機械を借入れで購入し、職人も1人増やしました。取引先からの値下げの要望にも応じ、仕事は断らずに受けてきました。
同業の経営者仲間と話すときも、話題になるのはいつも年商です。設備投資のたびに借入れを重ねながら、売上は順調に伸びていきました。直近の決算も、当期純利益は100万円の黒字です。顧問税理士から渡される決算書を見て、田中さんは「今年も黒字でよかった」と安心していました。
一方で、田中さんには気にかかっていることがありました。決算は黒字なのに、通帳の残高が年々減っているのです。
田中さんの会社の数字を整理すると、次のとおりです。
- 当期純利益:100万円の黒字
- 減価償却費:年200万円(機械の購入代金を、何年かに分けて経費にしているもの)
- 借入れの返済:月40万円・年480万円
- 売上の4割は、1社の大口取引先が占めている
また、田中さんは経理に手が回っていませんでした。売掛金がいくら残っているかを取引先ごとに管理する帳簿はありません。在庫を数えるのは決算のときだけです。毎月の試算表も、税理士から届くのは2〜3か月遅れでしたが、数字のことは税理士に任せておけばいいと考えていました。会社のクレジットカードで、プライベートの支払いをすることもありました。
「売上は伸びているし、黒字なのだから大丈夫だろう」
田中さんはそう考え、通帳を確認するのは支払いの直前くらい。残高が減っている理由を深く考えることはありませんでした。
大口取引先の入金が遅れ、支払いのめどが立たなくなる
ある月、売上の4割を占める大口取引先からの入金が、2か月遅れることになりました。
もともと手元の現金は減っていたため、仕入れ代金と給料、借入れの返済分を払うと、通帳の残高はほとんど残りません。田中さんは慌てて、取引のある銀行に追加の融資を相談しました。
ところが、銀行の反応は思わしくありませんでした。担当者に最新の試算表を求められても、手元にあるのは3か月前のものだけです。月末の在庫も集計していないため、毎月の利益が正しいかどうか説明できません。
さらに、決算書には「役員貸付金」が年々増えていました。会社のカードで払ったプライベートの支出が、会社から社長への貸付金として計上されていたのです。銀行からは「数字をきちんと把握できていない会社」と見られ、融資の判断は保留となりました。
追い打ちをかけたのが、粗利益率の低下です。銀行に提出するために決算書を見直すと、仕入れ値の上昇で、前年より粗利益率が大きく下がっていました。在庫を毎月数えていなかったため、決算を締めるまで、その変化に気づけなかったのです。
「毎年黒字なのに、なぜお金がないのか」
田中さんは、この問いに答えられませんでした。
