「田舎が嫌いになったわけじゃない」再び都会を選んだ理由
恵美子さんは、その言葉に驚きませんでした。
「私も、そろそろやめてもいいと思ってた」
2人とも、地方での暮らしそのものが嫌いになったわけではありません。近所の人にも恵まれ、自然のなかで過ごした5年間には楽しい思い出もあります。
それでも、「のんびり暮らすため」に始めた生活が、いつしか畑や庭、車の維持を前提とする生活に変わっていました。
孝夫さんは、移住前に住んでいたマンションでの生活を思い出すようになりました。
「昔は駅まで歩いて、電車に乗ればどこにでも行けたんですよね。当時はそれが普通だったから、便利だとも思っていませんでした」
夫婦が次の住まいに選んだのは、以前と同じ首都圏。ただし都心ではなく、駅前にスーパーや商業施設がそろう郊外の駅から徒歩圏内にある中古マンションでした。
国土交通省『令和5年住生活総合調査』では、65歳以上の夫婦世帯が今後の住み替えで周辺環境について重視する項目として、「日常の買物などの利便」が持ち家希望者で43.2%、借家希望者で39.4%と最も高くなっています。
引っ越して最初の週末、恵美子さんは電車で娘と出かけました。孝夫さんも昼前に近所を歩き、駅前の書店とスーパーに寄って帰宅しました。
「今日は何もしなくていいの?」
恵美子さんにそう聞かれ、孝夫さんは「何もしなくていい」と答えました。地方にいたころなら、晴れた日は草刈りや畑仕事の日でした。雨が続けば、次に晴れた日にやることが増えます。
それがなくなったことで、夫婦は初めて「予定のない日」をそのまま過ごせるようになりました。
もちろん、マンションに戻ったことで管理費や修繕積立金などの固定費はかかります。
総務省『家計調査報告〔家計収支編〕2025年平均結果の概要』によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯では、月の可処分所得が平均22万1,544円なのに対し、消費支出は26万3,979円です。年金生活では、住み替え後の固定費も含め、長期的な家計を確認しておく必要があります。
孝夫さん夫婦も、地方の家の売却代金と預貯金、年金収入を踏まえて住居費を計算したうえで、マンションを購入しました。
「田舎暮らしをしたことは後悔していません。やりたかったことを5年間できましたから。ただ、ずっと続けなきゃいけないと思う必要もなかったんですよね」
移住先を「終の住処」と決めても、そこでの暮らしが10年、20年後まで自分たちに合うとは限りません。特に高齢期には、住まいの広さや自然環境だけでなく、買い物や交通、住宅や土地を維持する手間も暮らしやすさを左右します。
一度選んだ住まいにこだわるのではなく、年齢や生活の変化に合わせて住む場所を選び直す。孝夫さん夫婦の5年間は、地方移住からの「撤退」というより、自分たちがその時々で望む暮らしに合わせ、住まいをもう一度選び直した経験だったといえそうです。
【関連記事】
■月20万円もらえるはずが…45歳・サラリーマン「ねんきん定期便」に抱いた違和感。「年金ルール」知らずにそのまま20年…65歳で受け取ることになる年金額に唖然「何かの間違いでは?」
■「銀行員の助言どおり、祖母から年100万円ずつ生前贈与を受けました」→税務調査官「これは贈与になりません」…否認されないための4つのポイント【税理士が解説】
■親が「総額3,000万円」を子・孫の口座にこっそり貯金…家族も知らないのに「税務署」には“バレる”ワケ【税理士が解説】

