「今年はいつ帰ってくる?」母が予想もしなかった返事
「お盆、今年は何日から来る?」
7月の終わり、幸子さん(仮名・74歳)は長男の孝之さん(仮名・47歳)に電話をかけました。
幸子さんは夫の和夫さん(仮名・76歳)と、築約40年の市営団地で暮らしています。入居したのは30年以上前。3DKの部屋で2人の子どもを育て、現在は夫婦二人になりました。
孝之さんは結婚後、妻と高校生、中学生の子ども2人との4人暮らし。実家までは車と電車を乗り継いで3時間ほどかかります。
これまでは毎年、お盆になると一家で2~3泊していました。
孫たちが幼かったころには近くのプールへ出かけ、夜には花火をしました。幸子さんは帰省の数日前からシーツを洗い、ジュースやアイスを買い込みます。
今年も同じように考えていました。ところが、電話の向こうの孝之さんから返ってきたのは、予想外の言葉でした。
「母さん、今年は行かないよ。それと、もう毎年実家に帰るのはやめようと思ってる」
「今年だけじゃなくて?」
幸子さんが聞き返すと、孝之さんは理由を話し始めました。
高校生の孫には夏期講習があり、下の孫も部活動があります。家族4人の予定を合わせて数日間帰省することが難しくなっていました。
それだけではありません。
3DKに夫婦と息子一家の計6人が集まると、孫たちは居間に布団を敷いて寝ます。風呂や洗面所も混み合い、孝之さん自身も以前から「子どもが大きくなって、泊まるには少し窮屈になった」と感じていたそうです。
「会わないってことじゃないよ。でも、毎年お盆になったら家族全員で泊まりに行くのは、もういいかなって」
幸子さんは「分かった」と答えましたが、電話を切った後もしばらく気持ちの整理がつきませんでした。
帰省中は食事の支度も洗濯も増えます。孫たちが帰れば、和夫さんと「今年も疲れたな」と話していました。
それでも、夏になれば家族が帰ってくる。そのこと自体を楽しみにしていたのです。
厚生労働省『令和6年 国民生活基礎調査』によると、65歳以上の人がいる世帯のうち、「夫婦のみの世帯」は31.8%、「単独世帯」は32.7%。また、65歳以上の人だけで構成される世帯は62.3%です。子どもが独立した後、高齢の夫婦だけで暮らす世帯は珍しくありません。
8月に入ると、団地でも帰省してきた家族らしい姿を見かけるようになりました。
幸子さんは押し入れを開け、積んである来客用の布団を見ました。今年は、出す必要がありません。
