「ここならずっと暮らせる」60代で叶えた念願の地方移住
「朝起きて山が見えるだけで、ここに来てよかったと思ったんです」
和子さん(仮名・72歳)がそう振り返るのは、6年前に夫の正一さん(仮名・72歳)と始めた地方暮らしです。
夫婦はそれまで、首都圏のマンションで30年以上暮らしていました。正一さんが66歳で仕事を辞めたのを機に、自宅を売却。以前から旅行で何度も訪れていた地方都市の郊外に、築浅の中古戸建てを購入しました。
夫婦の年金は合わせて月約26万円。移住時には自宅の売却代金などを含め、4,000万円を超える金融資産もありました。
選んだ家は、山を望む住宅地に建つ3LDK。庭では家庭菜園もできます。中心市街地までは車で20分ほどで、スーパーへは約10分。鉄道駅までは遠いものの、夫婦とも運転していたため、当時は不便だとは感じませんでした。
「都会にいるころは、退職したら何をするんだろうと思っていました。でも、こっちでは庭をいじったり、道の駅まで出かけたりするだけで一日が過ぎる。最初の数年は本当に楽しかったです」
近所にも同年代の夫婦がいて、野菜を分けてもらったり、地域の行事に参加したりするようになりました。冬の寒さなど想定外の苦労はあったものの、「移住は成功だった」と夫婦は話していました。
状況が変わったのは、正一さんが70歳を過ぎたころです。
夜の運転で対向車のライトをまぶしく感じるようになり、知らない道では以前より疲れるようになりました。和子さんも運転免許を持っていますが、もともと近所しか運転しません。
ある日、正一さんがスーパーの駐車場で車をバックさせた際、隣の車との距離を見誤りそうになりました。事故にはなりませんでしたが、帰宅後、和子さんが言いました。
「そろそろ車のこと、考えたほうがいいんじゃない?」
正一さんも否定する気はありませんでした。しかし車を手放した後の生活を考えると、問題が次々と出てきました。
スーパーまでは徒歩で行ける距離ではなく、かかりつけの病院も車で15分ほど。路線バスはあるものの本数が少なく、停留所までも歩かなければなりません。
国土交通省『令和2年版 国土交通白書』に掲載された「国民意識調査」では、老後の生活について「車の運転ができず、移動が困難になる」ことを不安に挙げた割合は、人口5万人未満の地域に住む60代以上で60.9%でした。地域によっては、自動車を運転できるかどうかが高齢期の生活に大きく関わります。
「移住するときは、車がある生活しか考えていなかったんです」
