「私の予定はいつ入れればいいの?」母娘が別々に暮らすまで
由佳さんが3泊4日の旅行を計画したときのこと。友人と久しぶりに温泉へ行く予定でしたが、和子さんに伝えると、「その間、私はどうすればいいの?」と返ってきました。
「ご飯は作れるでしょ。買い物も先にしておくよ」
そう説明しても、母は納得しません。
「何かあったら困るじゃない。わざわざ泊まりで行かなくてもいいでしょう」
その言葉を聞いた由佳さんは、思わず「じゃあ、私の予定はいつ入れればいいの?」と声を荒らげました。
旅行は結局キャンセルしました。
しかし、それをきっかけに由佳さんは考えるようになります。この先、母が80代になり、本当に介助が必要になったとき、今の生活を続けられるのだろうか、と。
「今でさえ息苦しいのに、もっと手が必要になったら、たぶん母にも優しくできなくなると思いました」
そこで由佳さんは、母と別居したいと伝えました。
和子さんは最初、「私を一人にするの?」と強く反発しました。由佳さん自身も、78歳の母を置いて家を出ることに罪悪感があり、すぐには話がまとまりませんでした。
そこで親子は、和子さんが現在どこまで一人でできるのかを整理しました。食事や入浴、服薬は問題ありません。徒歩圏内にはスーパーもあります。一方、遠方への通院や重い物の買い物には手助けが必要でした。
由佳さんは地域包括支援センターにも相談しました。地域包括支援センターは、高齢者の生活や介護などについて本人や家族が相談できる市町村の窓口です。
そのうえで、由佳さんは実家から電車で30分ほどの場所に1LDKを借りることにしました。完全に母との関わりを断つのではなく、週末のどちらかに実家へ行き、必要な買い物などを手伝います。通院についても、毎回付き添うのではなく、一人で行ける日は本人に任せ、難しい場合にはタクシーを使うことにしました。
和子さんには、食料品や日用品の宅配も利用してもらいます。
「お金はかかります。でも、全部私がやることで節約していた部分もあったんですよね」
引っ越して最初の週末、由佳さんは実家へ行きませんでした。
美容院へ行き、帰りに一人で映画を見ました。母から「今日は来ないの?」と電話がありましたが、「来週行くよ」と答えたといいます。
家族による支援が必要になったときには、支える側がどこまでなら無理なく続けられるのかを考えることも重要です。負担が限界に達してから関係を変えるのではなく、家族以外のサービスも利用しながら、双方が生活を続けられる形を探すことが求められます。
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