車を手放した後も、ここで暮らせるのか
夫婦はまず、車なしでも暮らせないか試してみることにしました。
スーパーへは宅配サービスを利用し、通院にはタクシーを使います。正一さんも夜間の運転をやめ、遠出を減らしました。
ところが半年ほど続けるうちに、和子さんは別の問題に気づきました。
「生活はできるんです。でも、出かけなくなるんですよ」
以前は「天気がいいから少し出よう」と車で喫茶店や道の駅へ向かっていました。それが、タクシーを呼んでまで行くほどではないと考え、家で過ごす日が増えていきました。
さらに、戸建ての管理も負担になり始めます。庭の草取りは業者に頼むようになり、冬には雪への備えも必要です。今は二人とも元気ですが、80代になったときにも同じ生活を続けられるのか。夫婦は初めて具体的に考えました。
「この家が嫌になったわけじゃないんです。むしろ好きだから、出ていく決心がなかなかつきませんでした」
愛着のある家を離れることには迷いもありましたが、夫婦で話し合いを重ね、移住から6年が経ったところで再び住み替えることを決めました。
ただし、首都圏の以前住んでいた街へ戻るわけではありません。選んだのは、現在の家から車で30分ほど離れた地方都市の中心部です。
駅から徒歩圏内にある中古マンションを探し、スーパー、内科、歯科、銀行などへ歩いて行けることを条件にしました。これまでにできた友人とも会える距離です。
総務省『令和5年住宅・土地統計調査』によると、65歳以上の世帯員がいる世帯の81.6%が持ち家に住んでいます。高齢者のいる夫婦のみの世帯に限ると、持ち家の割合は87.6%に上ります。
持ち家を手放して住み替えるとなれば、売却や新居の購入に費用も手間もかかります。正一さんは、「あと5年くらい住んでからでもいいんじゃないか」と迷いました。
それでも和子さんは、「5年後に同じように家を探したり、荷物を整理したりできるとは限らないよ」と夫を説得しました。
最終的に二人が重視したのは、車を使えなくなってからも自分たちだけで生活できるかどうかでした。
地方移住が失敗だったとは、二人とも考えていません。庭仕事を楽しみ、地域に知り合いができた6年間は、夫婦が望んで選んだ暮らしでした。
ただ、60代で暮らしやすい場所が、80代になっても暮らしやすいとは限りません。高齢期の住まいを考える際には、現在の生活環境だけでなく、運転をやめた後や体力が落ちた後にも、買い物や通院などの日常生活を維持できるかを考えておくことが大切です。
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