「二人で使う退職金」だと思っていたが…
「生活費はもう渡せない。離婚したいと思ってる」
夫の悟さん(仮名・65歳)からそう告げられたとき、妻の理恵子さん(仮名・63歳)は、すぐには意味を理解できなかったといいます。
夫婦は結婚36年目。悟さんは大学卒業後から同じ会社に勤め、65歳で退職したばかりでした。
一方、理恵子さんは結婚前に数年間会社員として働いたものの、長女を出産する前に退職。その後は専業主婦として2人の子どもを育て、短期間のパートを除けば定職には就いていません。
住宅ローンは完済しています。悟さんには約3,400万円の退職金が支給され、それ以前からあった預貯金を合わせれば、老後資金には比較的余裕があると理恵子さんは考えていました。
ところが、退職から数ヵ月後、悟さんが突然、離婚を切り出したのです。
理由として挙げたのは、長年の夫婦関係でした。子どもが独立してから会話が減り、退職後に一日中同じ家で過ごすようになると、互いの生活リズムの違いが以前にも増して気になったといいます。
理恵子さんにとって、夫婦仲が良好だったという自覚はありません。それでも、離婚を考えるほどだとは思っていませんでした。
「離婚って……私はどうやって生活するの?」
思わず尋ねると、悟さんは「それは財産を分けて、それぞれで考えるしかないだろう」と答えました。
その夜、理恵子さんは自分名義の通帳を確認しました。残高は約180万円。
日常の買い物には夫婦の生活費用口座を使い、大きな貯蓄は悟さん名義で管理していました。退職金3,400万円も夫名義の口座に入っています。
これまで理恵子さんにとって、それらはすべて「夫婦のお金」でした。しかし離婚という言葉を聞いた途端、自分の通帳にある180万円だけが目に入りました。
「このお金で、この先どうするんだろうと思ったら、急に怖くなりました」
厚生労働省『令和6年(2024)人口動態統計(確定数)の概況』によると、2024年の離婚件数は18万5,895組でした。このうち、同居期間20年以上の夫婦は4万686組に上り、35年以上に限っても7,194組となっています。長年連れ添った夫婦が離婚に至るケースも、決してごくわずかというわけではありません。
ただし、理恵子さんが最初に考えたように、「夫名義の預金だから、自分には関係がない」わけではありません。
