「一緒に住ませてもらえない?」母から初めて出た言葉
「ちょっと相談したいことがあるの」
哲也さん(仮名・66歳)のもとに、母の芳江さん(仮名・87歳)から電話がかかってきたのは、夕食を終えたころでした。
「私、もう一人では暮らせないの。そっちで一緒に住ませてもらえない?」
哲也さんは、すぐには返事ができませんでした。
芳江さんは15年前に夫を亡くしてから、戸建てで一人暮らしを続けています。年金は月約12万円。買い物や料理、身の回りのことは自分でできており、介護保険の認定も受けていませんでした。
ただ、ここ1年ほどで生活には少しずつ変化が出ていました。
重い食料品は哲也さんが月に2回ほど届け、病院へ行く日には車を出します。庭の草取りも難しくなり、業者へ頼むようになりました。
数ヵ月前には、自宅の玄関先で転んだこともあります。幸い大きなけがはありませんでしたが、それ以降、芳江さんは外出する回数が減っていました。
それでも電話ではいつも、
「まだ一人で大丈夫よ」
と言っていたのです。
哲也さんは妻の恵美さん(仮名・65歳)と二人暮らし。夫婦の年金は月約24万円で、預貯金は約2,800万円あります。子ども2人はすでに独立しています。
母からの電話を切ったあと、哲也さんは恵美さんに話しました。
「母さんが、うちに来たいって」
恵美さんも驚きました。
夫婦の家には、独立した子どもが使っていた部屋が残っています。物理的に同居できないわけではありません。
しかし恵美さんは、すぐに「いいよ」とは言いませんでした。
「一緒に住むって、部屋を一つ空ければ済む話じゃないよね」
その言葉に、哲也さんも黙りました。
母は現在87歳です。今は身の回りのことができても、この先、入浴や排せつ、食事などに介助が必要になる可能性があります。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、介護保険制度で要支援または要介護の認定を受けている割合は、75~84歳ではそれぞれ6.0%、11.6%ですが、85歳以上では要支援14.0%、要介護44.5%まで上昇します。年齢だけで介護の必要性が決まるわけではないものの、85歳以降は介護が必要になる人の割合が大きく高まります。
「まず、母さんが何に困っているのか聞こう」
夫婦はその週末、芳江さんの家を訪ねました。
