「このまま母と暮らし続けていいのか」55歳で芽生えた不安
「お母さん、私、家を出ようと思ってる」
由紀さん(仮名・55歳)がそう伝えると、母の芳江さん(仮名・78歳)は驚きました。
「どうして今さら? ここにいればいいじゃない」
由紀さんは独身で、大学卒業後から会社員として働いています。現在の月収は額面で約42万円。就職後も実家を離れず、父母と暮らしてきました。
転機は5年前、父が亡くなったことでした。
それまで父が担当していた役所や銀行の手続き、家の修繕などを由紀さんが引き受けるようになりました。母は日常生活を一人で送れる状態でしたが、車を運転しないため、週末の買い物や通院には由紀さんが付き添います。
「土曜日、スーパーに連れて行ってくれる?」
「来週、病院だから休めない?」
一つひとつは大きな負担ではありません。しかしそれが日常になるにつれ、由紀さんは自分の予定を入れる前に母の予定を確認するようになっていました。
平日は仕事を終えて帰宅すると夕食の支度。休日には買い物や掃除を済ませます。
母から生活費として求められていたわけではなく、由紀さんも毎月5万円を家に入れていました。経済的には、実家暮らしのほうが余裕があります。
それでも、50代に入ったころから別の不安を感じ始めました。
「このまま母と暮らして、母が亡くなったとき、私は初めて一人になるんだと思ったんです」
料理や洗濯ができないわけではありません。ただ、住居を自分で契約し、光熱費や保険、日用品まで含めた生活費を一人で管理した経験がありません。
さらに気になったのは、母の口癖でした。
「私は由紀がいるから大丈夫」
芳江さんに悪気はありません。しかし由紀さんには、自分が同居していることで、母も「娘がいれば何とかなる」と考えるようになっているように感じられました。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、2023年時点で65歳以上の人がいる世帯は2,695万1,000世帯で、全世帯の49.5%を占めます。その世帯構造は、かつて多かった三世代世帯が減り、夫婦のみの世帯と単独世帯がそれぞれ約3割を占めるようになっています。
由紀さんが決断したのは55歳の春でした。実家から電車で20分ほどの場所に、1LDKの賃貸マンションを借りました。
