普通のことができない自分、聞く相手がいない現実
亡き妻が用意してくれていた朝昼晩の食事も、自分でなんとかしなくてはなりません。総菜や弁当に頼りながらも、「こればっかりじゃ、ちょっとな」とレシピ本を見ながら鶏肉の照り焼きと野菜炒めを作りました。味は上出来で、「自分もやればできる」と少し誇らしい気持ちになりました。
ところが、食べた後の皿を食洗機に入れようとするものの、どれが食洗機対応でどれがNGの和食器なのか判断がつきません。油まみれのフライパンに野菜クズ。生ごみを溜めて数日放置しただけで、台所からは悪臭が漂い始めました。
洗濯機も最初は使い方がわからず苦労しました。ボタンを押してもピーピーと音が鳴り、止まってしまう。原因は、給水栓が閉まったままだっただけ。妻なら数秒で気付くことに、修一さんは何日も戸惑いました。
「たったそれだけのことで」と思われるかもしれません。しかし、日常の“当たり前”ができない自分。なによりも、「これ、どうすればいいんだ」と聞ける相手がもういない。そのことに、修一さんは想像以上にダメージを受けていました。
「お父さん、私は絶対にあなたより長生きするからね」
生前、そう言って悪戯っぽく笑っていた倫子さんの言葉を、修一さんはなぜか疑いもせず信じ切っていました。自分が見送られるものだと当たり前に思い込み、残される準備など何ひとつしていなかったのです。
通帳には数千万円という資産があります。しかし、生活力はお金では埋められません。「自分はこんなこともできないのか」という虚無感が、広い自宅にぽつんと一人取り残された修一さんにのしかかりました。
