再雇用を選んだ61歳夫に芽生えた迷い
「65歳までは、このまま働くよ」
60歳の定年を迎えたとき、浩二さん(仮名・61歳)は妻の美和さん(仮名・60歳)にそう話していました。
大学卒業後から同じメーカーに勤め、定年時に受け取った退職金は約2,700万円。住宅ローンは58歳で完済しています。
会社には再雇用制度があり、浩二さんも迷わず利用しました。
「周りもほとんど残っていましたし、65歳までは働くものだと思っていたんです。年金をもらうまで収入がなくなるのも不安でしたから」
内閣府『令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査』によると、60歳以上で収入を伴う仕事をしている人は42.7%。また、何歳ごろまで収入を伴う仕事をしたい、あるいはしたかったかという質問では、「65歳くらいまで」が23.7%、「働けるうちはいつまでも」が22.4%となっています。60代以降も働くことは、ごく一般的な選択肢になっています。
ただ、浩二さんは再雇用から半年ほどたったころから、以前とは違うことを考えるようになりました。
給与は現役時代より下がりましたが、仕事内容は大きく変わりません。平日は朝7時過ぎに家を出て、帰宅するのは午後7時前後。
ある金曜日、美和さんが「来月、平日に温泉でも行かない?」と誘うと、浩二さんはカレンダーを見ながら答えました。
「その週は無理だな。だったら土日で行く?」
「定年したのに、結局何も変わらないね」
その言葉を聞いて、浩二さんは「確かにそうだ」と思ったといいます。定年を迎えても、生活のリズムは会社員時代とほとんど変わっていませんでした。
浩二さんには、会社員時代からやりたいことがいくつかありました。鉄道を使って地方をゆっくり巡ること、学生時代に好きだった写真を再開すること、平日に美術館へ行くこと。
どれも「退職したら」と先送りしてきたことでした。
「65歳になったらできると思っていました。でもそのときになったら、今度は70歳まで働こうと思っているかもしれない。じゃあ、いつ会社を辞めるんだろうと思ったんです」
それでも、浩二さんは退職を決めきれません。ある夜、「仕事、もう辞めようかな」と口にすると、美和さんは少し考えてからこう答えました。
「お金の計算をして大丈夫なら、あなたの好きに生きたら?」
その一言で、浩二さんは初めて「辞めたいかどうか」ではなく、「辞めても暮らしていけるのか」を具体的に計算することにしました。
