「空いている部屋がある」とはいえ…
その晩、夫婦は房子さんに、すぐ同居を決めることはできないと伝えました。
「追い返すつもりはない。でも、母さんが今、どこまで一人でできるのかも分からない。このまま何となく一緒に暮らし始めるのは無理だよ」
翌週、和夫さんは房子さんが住んでいた家を確認しました。
室内には未開封の郵便物や賞味期限の切れた食品がたまり、浴室には転倒を防ぐために置いたという椅子がありました。階段を使わず、1階の居間で寝起きしていたことも分かります。
和夫さんはそこで初めて、母親の「一人で大丈夫」という言葉を、そのまま信じ続けていたことを後悔しました。
夫婦は地域包括支援センターへ相談し、房子さんの生活状況を伝えました。地域包括支援センターは、市町村が設置し、高齢者や家族からの総合相談、介護予防、権利擁護、必要なサービスへの橋渡しなどを担う機関です。
その後、房子さんは要介護認定を申請。結果が出るまでの間も、自治体のサービスや民間の配食を利用しながら、家族で今後の生活を検討することになりました。
由美さんは、同居する場合の条件を紙に書き出しました。
食事づくりをすべて自分が引き受けないこと、通院には介護サービスも利用すること、房子さんの年金から毎月一定額を生活費として入れてもらうこと。そして、状態が変われば施設入居も選択肢から外さないことです。
「冷たいと思われるかもしれないけれど、最初に決めておかないと、私が全部やることになるでしょう」
由美さんの言葉に、和夫さんも同意しました。
話し合いの結果、房子さんは当面、和夫さん夫婦の家で暮らすことになりました。ただし、「家族だけで支える同居」にはしないと決め、週数回の通所サービスや訪問支援を利用する方向で調整しています。
予定していた夫婦旅行は一部を延期しましたが、すべて取りやめたわけではありません。短期間の宿泊サービスなどを使い、夫婦だけの時間も確保するつもりです。
高齢の親の暮らしは、ある日突然、大きく変わることがあります。そのとき大切なのは、その場の勢いで結論を出すことではなく、親の状態や家族の負担を整理し、公的な支援も含めて無理のない形を考えることです。長く続けられる方法を選ぶことが、親子双方の安心につながります。
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