「これからは二人でゆっくり」そう思った3日後の宣告
「35年間、お疲れさまでした」
夫の修一さん(仮名・65歳)が花束を抱えて帰宅すると、洋子さん(仮名・63歳)は玄関で拍手をして迎えました。
その日は修一さんの定年退職日。洋子さんは好物のすき焼きを用意し、独立した長男と長女も週末に集まる予定でした。
洋子さんは結婚後、会社を退職。2人の子どもを育てながら家事を担い、専業主婦として35年を過ごしてきました。
夫は仕事中心の生活で、平日の帰宅は遅く、休日も接待ゴルフに出かけることが少なくありませんでした。それでも洋子さんは、退職すれば夫婦で旅行したり、近所を散歩したりする時間が増えると考えていました。
ところが、退職から3日後の朝、修一さんがダイニングテーブルに一枚の紙を置きました。
「洋子、離婚してほしい」
「誰と誰が?」
思わず聞き返すと、修一さんは目を合わせないまま答えました。
「俺と洋子が、だよ。これからの人生は別々に暮らしたい」
修一さんによると、離婚を考え始めたのは数年前でした。家庭内で会話が減り、洋子さんから予定や食事について細かく尋ねられることを「束縛されている」と感じていたといいます。
退職後は地方にある実家近くへ移り、趣味の釣りをしながら一人で暮らすつもりでした。すでに賃貸住宅まで探していました。
「そんな話、一度もしていなかったじゃない」
「言っても聞いてくれないと思った。家は売って、預金も公平に分ければいい」
夫婦の預貯金は約2,800万円。住宅ローンを完済した自宅には、少なくとも3,000万円前後の価値があると見込まれていました。
修一さんは自分の年金を月約20万円と見込み、「半分ずつにすれば困らないだろう」と話します。しかし、洋子さんが65歳から受け取る予定の年金は、自身の老齢基礎年金を中心に月7万円ほどでした。
総務省『家計調査報告(家計収支編)2025年平均結果』によると、65歳以上の単身無職世帯の消費支出は月14万8,445円、可処分所得は月11万8,465円です。平均でも毎月の収入だけでは支出を賄えておらず、住居費が加われば家計はさらに厳しくなります。
「夫婦で暮らす老後しか考えていませんでした。自分一人の年金額も、部屋を借りるのにいくら必要なのかも分からなかったんです」
洋子さんは、その場で離婚届に署名することはできませんでした。
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