前回は、EUの中核を担っているドイツとフランスの二国間関係について見ていきました。両国はこれまでも、たびたび対立を繰り返してきました。今回は、戦後に勃発した主な独仏対立を2つ紹介します。

EECの会議をボイコットしたドゴールの狙い

私が五〇年近く直接観察してきたヨーロッパの歴史上、もっと激しい独仏の対立はいくらでも数えることができます。最初の驚きは、一九六五年六月から六か月にわたって、フランスのドゴール大統領が断行したヨーロッパ経済共同体(European Economic Community:EEC)のすべての会議のボイコットでした。当時私はまだNHK東京本部の外信部にいて勉強中の駆け出しでした。

 

ドゴールは、超ナショナリストであるにもかかわらず、EECという六か国の共同体を大いに利用しながら、内外政策を進めていました。ドゴールは西ドイツが初代のEEC委員長に送り込んできた統合主義者、ハルシュタインが大嫌いでした。ドゴールは著書『希望の回想』のなかで次のように書いています。

 

「ハルシュタインは超国家思想の熱烈な信奉者である。彼はブリュッセルを共同体の首都に仕立て上げ、元首のふうをおび、何千人もの職員を手足のように使う。彼がひたむきな欧州人であるとすれば、それは彼が祖国のために野心的なドイツ人であるからだ。彼が考えるヨーロッパになれば、ドイツはヒトラーの狂気と敗退によって失った尊厳や権利の平等を無償で取り戻すことになるだろう。注4

 

 

そして、決定的な危機が間もなく到来しました。ハルシュタインが、フランスが最も重要視している農業共通政策に関係する法案に、EEC予算に対する委員会の権限強化を滑り込ませたのです。これは超国家統合に向かう布石になります。これに気づいたドゴールは怒り心頭に発し、EECボイコットを宣言し、すべての会議にフランスは代表を送りませんでした。ボイコットは六か月にわたって続きました。この間EECのあらゆる活動は全面停止です。

 

六六年一月、ようやく妥協が成立して、EECは動き始めました。ドゴールは重要事項の決定は全会一致で行うといういわゆる「ルクセンブルグの妥協」を成立させるとともに、ハルシュタインの首を取って退陣させてしまいました。これは、独仏がきわめて親密と言われた時代の出来事です。

ニクソン・ショック前夜の為替相場を巡る対立

もう一つ独仏真っ向対立の話をご紹介します。

 

一九七一年ドル不安が高まり、八月にはニクソン・ショックが世界通貨体制を揺るがしましたが、その直前の話です。ECは通貨不安を乗りきるために、加盟国通貨の対ドル変動幅を縮小し結束を固めることを協議していました。しかしドイツ・マルクが強いため、弱いポンドやフランを売ってマルクを買う投機が止まらず、ヨーロッパのマーケットは絶えず危機的な状況に陥っていました。

 

フランスのジスカールデスタン蔵相はマルクを切り上げ、そのうえで固定相場の変動幅縮小を取り入れることを主張しました。しかし当時の西ドイツのシラー経済相はもはや固定相場では収まらない、変動相場を取り入れるほかに方法はないと譲りませんでした。

 

七一年五月八日に開かれた蔵相理事会は、ジスカールデスタンとシラーという経済通の大臣の対決になりました。例によって討議は夜を徹して一七時間にわたって行われ、明け方になってコミュニケが発表されました。「変動相場制は共同体の機能と相容れない性格をもつものであるが、一定の状況のもとでは、限られた期間、加盟国がその通貨の変動幅を拡大しうることを理事会は理解する」と書いてありました。

 

ドイツがフランスの反対を押しきって、一方的に変動相場採用を強行したのです。会議は決裂したのですが、その事情を包み込んで表現したのがこのコミュニケです。これを「共同体的解決法」と呼びます。まるで合意が成立したかと思わせるような表現です。

 

一部の記者は、ドイツが変動制を強行、独仏は決裂し、ECは崩壊、という記事を書きました。しかしEC取材に通じている記者たちは、また共同体的解決法だなと判断して、EC崩壊という大間違いのニュースは書きませんでした。あれだけの対決をしながら、翌日からの独仏関係は何事もなかったかのように正常に動き始めました。

 

注4 『希望の回想 第一部「再生」』 シャルル・ドゴール著、朝日新聞外報部訳 朝日新聞社 一九七一年 二五三頁(要約)

ユーロは絶対に崩壊しない

ユーロは絶対に崩壊しない

伴野 文夫

幻冬舎ルメディアコンサルティング

ヨーロッパは今、債務危機、難民、テロ、ロシアの膨張に、2016年6月、イギリスのEU(欧州連合)離脱決定も加わり、戦後最大の危機的状況にある。 日本では、EU消滅、ユーロ崩壊といった論調がしきりに聞かれる。しかし、EUは…

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