ナチス時代の損害補償を改めて要求したギリシャ首相
第一次ギリシャ危機の時ギリシャ人のデモ隊は、ヒトラー髭をつけ、ナチスの軍服を着たメルケル首相の肖像を掲げて激しいデモを繰り広げ、金持ちドイツに対する怒りをぶちまけました。メルケルは荒れ狂うアテネに乗り込み、ドイツはギリシャの民衆を支援していくと訴えましたが、民衆はドイツが押しつける緊縮政策では、経済が縮小し生活はどん底に落ち込むだけだと反発しました。
チプラス首相のギリシャ政府は、第二次大戦でナチスがギリシャを占領した時の損害補償として三〇〇〇億ユーロを要求しました。この金額は現在のギリシャの長期債務とほぼ同額です。第二次大戦の時、ナチスはギリシャを占領し、アフリカに派遣していたドイツ軍の兵站基地にして、大量の食糧を徴発しました。このためギリシャ人の食べ物がなくなり数千人が餓死したといわれます。ドイツはすでに補償を行い解決済みとして受け入れを拒否しました。ギリシャ全土に溢れるドイツへの反発には、過去の恨みも少なからず込められているのです。
エマニュエル・トッド氏によるドイツ批判
ギリシャだけでなく、ヨーロッパのいたる所でナチスの過去に対する怨恨が、今のドイツの経済支配に対する反発と絡み合っています。フランスの左翼党のメランションは、第二次ギリシャ危機のさなかに、ドイツの経済支配をやり玉にあげる本を書きました。日本の翻訳は出ていませんが、原題は『ビスマルクの悪臭──ドイツの毒』注8です。
フランスの左翼系の週刊誌「LʼOBS」が詳しく紹介しましたが、それによるとドイツ嫌いのメランションはドイツ式経済モデルの押し付けで、フランスは窒息しそうだと言っています。メランションは左翼政治家であると同時に、一匹狼的な評論家です。債務交渉で過激な立場をとり、結局辞任させられたギリシャのヴァルファキス前財務相を、危機のあと個人的にパリに招き、慰労したりしていました。
日本でよく知られるエマニュエル・トッドもかなりのドイツ嫌いのようです。『ドイツ帝国が世界を破滅させる注9』、月刊「文藝春秋」(二〇一五年八月号)、「週刊文春」(一五年八月一三日号、池上彰氏との対談)などで強いドイツに嚙みついています。トッドは「欧州はドイツの覇権のもとで三度自殺する」(月刊「文藝春秋」)、「ドイツの権威主義的で巨大な文化は恐ろしい。オランド大統領はドイツの言いなりだ。ユーロによってフランスはドイツに支配されてしまった。欧州はドイツの覇権のもとで、定期的に自殺する大陸だ」(注:二つの大戦と今の経済支配の三回)などと書いています。
トッドは旧ソ連の乳幼児の死亡率が異常に高くなっているのをみて、ソ連邦の崩壊を予言した人口学者です。トッドはこのあと月刊「文藝春秋」(一五年一〇月号)で、「日本は中国を脅威と見すぎている」と書いていますが、トッドもドイツを脅威と見すぎているのではないかと思います。ところでドイツはどのように、そしてどこまで強いのでしょうか。強いドイツはそれほど恐ろしい存在なのでしょうか。
注8 Jean-Luc Melenchon: Le Hareng de Bismarck―le poison allemande, Plon, 2015. (『ビスマルクの悪臭――ドイツの毒』)
注9 『ドイツ帝国が世界を破滅させる 日本人への警告』 エマニュエル・トッド著、堀茂樹翻訳 文春新書 二〇一五年