「フランスが隣にいてくれるから」
ギリシャ危機のさなか、日本の学者先生やジャーナリストが独仏の対立でEUは崩壊すると書いていたころ、フランスの二つの有力週刊誌が表紙にメルケルの顔を大きく掲げた特集号を発行しました。
一つはフランスのもっともポピュラーな週刊誌「Le Point」の九月一〇日号です。表紙いっぱいのメルケルの写真を背景に「信じ難いほど(有能な)マダム・メルケル。彼女がフランス人であったら……」と大きな見出しをつけました。
ウクライナ問題ではプーチン大統領を向こうにまわして停戦を説き伏せ、ギリシャ危機ではチプラス首相を息子を諭すように説得した手腕を称賛したうえで、「フランスが隣にいてくれるから、私はどんな問題にも対応できるのだ」というメルケルの言葉を紹介しています。
もう一つは普段ドイツに厳しい左翼系の週刊誌「LʼOBS」です。九月二一日号では同じくメルケルを表紙に掲げ、「メルケル世代の新しいドイツの顔」と題して、両国の若者の交流を特集しました。そのなかで若いドイツの哲学者がインタビューに答え、独仏の今の若い世代の間に考え方の違いはない、違うのは言語とパスポートだけだ、と語っています。
米が要求するイラクへの軍事介入を連携して拒否
戦後ドイツはアメリカをはじめとする連合国に占領されましたが、徐々に自立をはかり、やがて大国の地位を確立しました。七〇年代からはフランスと通貨統合を協議し始め、結局アメリカには一切干渉させずに独仏だけでユーロ導入を決定しました。
アメリカに対して正面から対決するのは、いつもフランスです。ドイツはその後ろにいて大きな声は出さないのですが、いつの間にかアメリカの支配から体を離しています。
アメリカが二〇〇三年にサダム・フセイン政権のイラクに対する軍事介入に動きだした時、国連の安保理で正面から反対する名演説をぶったのは、フランスのドヴィルパン外相でした。ドイツのシュレーダー政権は、大きな声を出すことなく静かにフランスと行動をともにして出兵を拒否しました。先ほど書いたメルケルの「フランスが隣にいてくれるから、どんな問題にも対応できる」のだという言葉が思い出されます。
二つの大戦の血の抗争の記憶から独仏関係を読み解こうとするのは、時代遅れの方程式としか言いようがありません。ユーロの導入以後、ドイツの経済力がより強くなっているのは確かですが、ヨーロッパは三〇いくつもの中小国の集団です。そこから、一国だけ飛びだして走りだすのはもはや不可能な時代です。
独仏両国はお互い支え合わなければ、米中露といった大国に対抗できないということが、骨の髄までしみ込んだ体験的思想となっているのです。