「少し泊めてほしい」娘が持ってきた大きな荷物
ある日の夜、孝夫さん(仮名・71歳)と妻の久美子さん(仮名・69歳)の家に、長女の由佳さん(仮名・41歳)が突然やってきました。
玄関には大きなスーツケースが二つ。小学6年生の孫も一緒でした。
「どうしたの、その荷物」
久美子さんが尋ねると、由佳さんはしばらく黙ったあと、こう言いました。
「もう帰る家はないの。しばらくここに置いてほしい」
由佳さんは結婚して15年。夫と子どもの3人で暮らしていましたが、数カ月前から夫婦関係が悪化し、離婚に向けた話し合いを進めていました。
それまで両親には何も話していませんでした。
「心配かけたくなかったし、何とかなると思ってた。でも、もう一緒には暮らせなくて」
由佳さんは子どもを連れて家を出ることを決め、当面の住まいとして実家を頼ったのです。孝夫さんは驚きながらも、「家のことはあとで考えればいい。今日は休みなさい」と娘を迎え入れました。
夫婦は二人ともすでに仕事を辞め、年金は合わせて月約25万円。住宅ローンを完済した戸建てで暮らしています。由佳さんが独立してからは、食事も簡単なもので済ませ、旅行や外食を楽しみながら生活していました。
ところが、娘と孫との同居が始まると、暮らしは一変します。
食費や光熱費が増え、孫のために朝食や夕食を毎日用意するようになりました。由佳さんは会社員として働いていましたが、離婚協議や新居探し、子どもの学校のことなどで余裕がなく、久美子さんが家事の多くを担うようになりました。
孝夫さんも、孫の習い事への送迎や買い物を手伝います。
「最初は1、2ヵ月だと思っていたんです。娘が困っているんだから、それくらいは当然だと思っていました」
しかし、3ヵ月が過ぎても転居先は決まりませんでした。
賃貸住宅を探しても、現在の収入で無理なく払える物件と、子どもの転校を避けられる条件を両立するのが難しかったのです。
厚生労働省『令和3年度全国ひとり親世帯等調査』によると、母子世帯の母自身の平均年間収入は272万円、平均年間就労収入は236万円です。また、母子世帯の86.3%が就業しているものの、パート・アルバイト等も38.8%を占めています。離婚後に仕事を続けていても、住居費や子育て費用を一人で負担することが難しい家庭もあります。
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