「母親なら助けるのが普通だろう」と怒鳴られた日
決定的な出来事は、翌年の正月に起きました。直人さんは帰省すると、事業の借入金を返すために50万円必要だと話しました。
「もう貸せない。今までのお金も一度も返してもらっていないでしょう」
澄子さんが初めてはっきり断ると、直人さんは声を荒らげました。
「俺が困っているのに、母親なら助けるのが普通だろう」
「私だって、この先いくら必要になるかわからないの」
「年金も家もあるじゃないか。俺たちが相続する金を先にもらうだけだろう」
直人さんは、テーブルの上にあった通帳を手に取ろうとしました。澄子さんが取り返すと、「もういい」と吐き捨て、壁を強くたたきました。
怖くなった澄子さんは、近所に住む妹へ電話しました。妹が駆けつけると、直人さんはようやく家を出ていきました。
玄関で靴を履く息子に、澄子さんは震える声で告げました。
「もう二度と来ないで」
扉が閉まった後、澄子さんは泣きました。息子を失った悲しさだけでなく、これまで渡してきたお金が親子の情ではなく、「どうせ断れないから」と利用された結果かもしれないと気づいたからです。
後日、澄子さんは妹に付き添われ、地域包括支援センターへ相談しました。職員の助言を受け、直人さんに渡していた合鍵を使えないよう玄関の鍵を交換し、通帳や印鑑も別々に保管しました。金融機関にも事情を伝え、暗証番号を変更しています。
高齢者虐待防止法では、高齢者の財産を不当に処分したり、高齢者から不当に財産上の利益を得たりする行為を経済的虐待としています。ただし、家族間の金銭問題がすべて直ちに虐待と判断されるわけではなく、「養護者」に当たるかどうかや、金銭を渡した経緯、本人の意思などを含めて個別に判断されます。心配な場合は、地域包括支援センターや市区町村の高齢者相談窓口へ早めに相談することが重要です。
澄子さんは直人さんからの電話には出ず、連絡は妹を通すことにしました。貸したお金が返ってくる見通しは立っていません。それでも、「次の帰省でまた要求される」という不安はなくなりました。
「最後まで優しい母親でいたかった。でも、何でも渡すことが優しさではなかったんですね」
親子であっても、返済条件を決めずにお金を渡し続けないこと、威圧や恐怖を感じたら第三者へ相談することが、本人の財産と暮らしを守る第一歩です。
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