「出ていけ」と言えない理由
再同居開始から2年が過ぎても、達也さんは短期の仕事を繰り返すだけで、生活費をほとんど入れませんでした。
美佐子さんの年金17万円に対し、食費や光熱費、固定資産税、住宅修繕費などを合わせると、月によっては支出が20万円を超えます。不足分は貯蓄から補いました。
ある日、美佐子さんが通帳を確認すると、3,000万円あった貯蓄は大きく減っていました。浴室工事に加え、車の購入費として達也さんに200万円を貸し、日々の赤字も積み重なっていたためです。
「そろそろ一人で暮らすことも考えて」
美佐子さんが切り出すと、達也さんは表情を変えました。
「今さら出ていけっていうの? この家は、いずれ俺のものになるんだろう」
「まだ私の家です」
「そのつもりで戻ってきたのに」
美佐子さんは、同居を始める際に生活費、家事分担、同居期間を文書にしていませんでした。「親子なのだから話し合えばわかる」と考えていたのです。
しかし、同居した子どもが将来その家を相続する予定であっても、親が存命中に当然に所有権を得るわけではありません。家の名義が美佐子さんである以上、管理や処分を決める権利は原則として美佐子さんにあります。一方、親子間では賃貸借契約を結んでいないことも多く、退去を求めても感情的な対立に発展しやすいのが実情です。
美佐子さんは妹に相談し、達也さんを交えて話し合いの場を設けました。その結果、達也さんは半年以内に住居と安定した仕事を探し、それまで毎月3万円を生活費として支払うことになりました。約束は書面に残し、車の購入費についても返済額を決めました。
美佐子さんが後悔したのは、息子を受け入れたことそのものではありません。家を継ぐという言葉だけで安心し、負担や役割を決めないまま再同居を始めたことでした。
親子であっても、同居は生活を共同で営む契約に近い側面があります。生活費、家事、同居期間、貸したお金、将来の住まいについて最初に話し合うことが、家だけでなく親子関係を守ることにもつながります。
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