「庭で野菜を育てよう」退職金で買った郊外の家
正明さん(仮名・68歳)と妻の久江さん(仮名・68歳)は、長年暮らした都市部の賃貸マンションを出て、郊外の中古一戸建てを購入しました。夫婦の年金は月24万円ほど。退職金は約1,500万円ありました。
二人が選んだのは、駅からバスで20分ほどの場所にある庭付きの一戸建てです。築年数は経っていましたが、価格は手頃で、庭には小さな畑も作れそうでした。
「老後は土を触って暮らしたいんだ」
正明さんは娘の香織さん(仮名・40歳)にそう話しました。久江さんも「マンションより広いし、静かでいいわね」と笑っていました。
香織さんは少し心配でした。最寄りのスーパーまでは歩いて20分以上かかり、病院も近くありません。けれど両親は「まだ車も運転できるし、元気なうちにやりたいことをしたい」と言います。
「本当に大丈夫?」
香織さんが尋ねると、正明さんは明るく答えました。
「大丈夫だよ。家も安かったし、退職金も残る。これからはのんびり暮らすだけだから」
引っ越し当初、二人は新しい生活を楽しんでいました。朝は庭に出て草花に水をやり、昼は近くの直売所まで車で行く。久江さんは縁側に椅子を置き、「こういう暮らしがしたかったの」と話していました。
しかし、半年ほどたつと、少しずつ現実が見えてきました。まず負担になったのは庭の手入れです。春から夏にかけて雑草はすぐ伸び、枝の剪定も必要になります。最初は正明さんが楽しそうに作業していましたが、暑い日の草むしりで腰を痛めました。
「少し休めば治るよ」
そう言っていたものの、庭は待ってくれません。放っておけば隣家に枝が伸び、自治会の人からも「早めに切った方がいいですよ」と声をかけられました。
総務省『令和5年住宅・土地統計調査』では、空き家数が約900万戸と過去最多になったことが示されています。住まいは取得して終わりではなく、適切に管理し続けなければ、家族にとって大きな負担になることがあります。
さらに、築年数のある家には想定外の修繕もありました。給湯器の調子が悪くなり、雨どいも一部交換が必要になりました。正明さんは通帳を見ながらつぶやきました。
「思ったより、家ってお金がかかるな」
年金月24万円で日々の生活は何とか回っていましたが、修繕費や車の維持費が重なると、退職金は少しずつ減っていきました。
