「母を一人にできない」実家の団地で続けた同居生活
真由美さん(仮名・53歳)は、築年数の古い団地で78歳の母・信子さん(仮名)と暮らしていました。父が亡くなったあと、母が一人で暮らすことを不安がったため、真由美さんが実家に戻ったのです。
真由美さんは会社員で、月収は38万円ほど。独身で子どもはいません。収入だけを見れば、暮らしに余裕があるように思えます。
しかし信子さんの年金は多くなく、団地の家賃や食費、光熱費、通院費の一部は真由美さんが負担していました。さらに、買い物、薬の管理、病院の付き添い、役所の書類確認。日常の細かな用事は自然と真由美さんに集まっていきました。
「この書類、見てくれる?」
「明日、病院に一緒に来てくれる?」
そう言われるたび、真由美さんは予定を調整しました。仕事が忙しい日でも、帰宅後に母の話を聞き、翌日の薬を確認し、冷蔵庫の中身を見て買い足すものを考えます。
「お母さんのためだから」
そう自分に言い聞かせていましたが、少しずつ疲れはたまっていきました。
古い団地の人間関係も、真由美さんには重く感じられました。近所の人は親切でしたが、母娘の暮らしをよく見ていました。
「娘さんがいて安心ね」
「お母さんを一人にしちゃだめよ」
何気ない言葉だとわかっていても、真由美さんには責任を押しつけられているように聞こえました。
国土交通省の『住宅団地の実態調査』によると、入居開始から40年以上経過した時点で、高齢化率が急激に高くなる団地が発生します。
ある夜、真由美さんが帰宅すると、信子さんが不機嫌そうに言いました。
「今日は遅かったのね。何かあったの?」
「残業だよ」
「最近、帰りが遅い日が多いから」
その言葉に、真由美さんは思わず黙り込みました。自分は働いて家計を支え、家のこともしている。それなのに、少し帰りが遅いだけで責められるように感じてしまったのです。
「私の人生って、いつまでこの部屋の中にあるんだろう」
真由美さんはその夜、眠れなかったといいます。
