「離れる選択」を選んだきっかけ
限界を感じたのは、真由美さんが友人から転職の誘いを受けたときでした。条件は良く、これまでの経験も生かせる仕事でした。ただし勤務先は実家から遠く、今のように毎日母の世話をすることは難しくなります。
「やってみたい」
真由美さんはそう思いました。しかし同時に、母を置いて自分だけ前に進むような罪悪感が湧きました。
思い切って信子さんに話すと、母は顔を曇らせました。
「私を置いて出ていくの?」
その一言に、真由美さんは胸が詰まりました。
「置いていくわけじゃないよ。でも、このままずっと一緒にいると、私も苦しくなってしまう」
信子さんはすぐには納得しませんでした。けれど真由美さんは、初めて自分の気持ちを言葉にしました。仕事を続けたいこと、自分の暮らしも作りたいこと、母のことは見捨てるつもりがないこと。定期的に訪問し、通院や手続きは事前に予定を決めて手伝うことも伝えました。
厚生労働省『2022(令和4)年 国民生活基礎調査』では、同居の主な介護者のうち、介護時間が「ほとんど終日」である人は女性が74.5%を占めています。真由美さんのように正式な介護の前段階であっても、家族の世話や見守りの負担は、特定の人に偏りやすいものです。
真由美さんは、地域包括支援センターにも相談しました。介護保険サービスを使う段階ではなくても、高齢者の生活不安や見守りについて相談できると知り、母の緊急連絡先や近所の見守り体制を整理しました。買い物は宅配サービスを利用し、通院日は月ごとに決めておくことにしました。
引っ越しの日、信子さんは小さく言いました。
「寂しくなるね」
真由美さんはうなずきました。
「私も寂しいよ。でも、ちゃんと来るから」
実家を離れてから、真由美さんは以前より穏やかに母と話せるようになりました。訪問する日が決まっているため、仕事も休みも調整しやすくなりました。信子さんも少しずつ、自分でできることを取り戻していきました。
親と距離を置く決断は、冷たい選択とは限りません。近すぎる距離で疲れ果ててしまえば、優しく接する余裕まで失われてしまいます。家族を大切にするために、自分の生活も守る。その線引きをすることも、長く支え合うために必要なのかもしれません。
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