シリコンバレーが見せる夢……日本企業が陥る「罠わな」とは
戦略を練り直すなかで、私たちは定義した自社アセットを使って何ができるか、新規事業の可能性についても議論を広げていった。しかし、ここで思わぬ壁にぶつかる。シリコンバレーという土地には、人の判断を狂わせる独特の魔力があったのだ。
オフィスに閉じこもり、外界とは遮断された生活を送っていても、耳には最新のトレンドが否応なく入ってくる。
「ラスベガスにあるSphere※5がすごいらしい」
「『ABBA Voyage※6』が世界的に注目されている」
「生成AIで作られた大統領そっくりのフェイク動画が問題になっている」
※5 ラスベガスで2023年に開業した球体型の複合アリーナ施設。内部は最大で約1万7500人を収容可能な巨大なシアターになっており、約1万5000㎡の巨大な高解像度LEDスクリーンが設置され、没入感あるエンターテインメント体験ができる。
※6 全世界で約4億枚のアルバムを売り上げたスウェーデンの4人組グループ「ABBA」のデジタルアバター・コンサート
こうした話題が連日のように駆け巡り、ヤマハにも巨大なチャンスがあるのではないかという錯覚が、頭のどこかにすみつく。気がつけば地に足のつかないアイデアに心が引き寄せられ、何か「ドデカいこと」をしたくなってしまうのだ。
成果につながった「暗黒の缶詰期間」の2カ月
拠点開設から1カ月が経過した2024年5月、YMIのオフィスに日本本社から役員が視察に訪れた。私は進捗状況を説明するために資料を準備したのだが、そこにはこんなアイデアが並んでいた。
「スタートアップと協業して、Sphere型のライブ体験を日本で展開できないか」
「アバターコンサートにあるようなイマーシブな音楽体験装置を作るべきだ」
「AIで生成されたフェイク音声を、ヤマハの音響技術で見破るサービスはどうか」
今思えば、穴があったら入りたいほど恥ずかしい。当時は必死にヤマハのアセットと結びつけようとしていたが、振り返ればどれもトレンドの後追いにすぎないアイデアだった。
ヤマハのアセットの核心をとらえていないばかりか、実現までの距離もあまりに遠い。シリコンバレーには〝最先端〟が集まるからこそ、心が浮つく。非現実的な大プロジェクトでも、自分たちなら成功させられる─そんな錯覚に陥る。
そして、気づけば大風呂敷を広げたような新規事業アイデアばかりが並ぶ〝ビジネスコンテスト〟を繰り広げてしまう。
これは、シリコンバレーに来た日本企業が最初に陥りがちな典型的な「罠」だと感じた。
当初計画していたスタートアップ1000社訪問を白紙に戻し、戦略の練り直しに充てた時間は約2カ月。営業出身の私は早く人に会いたい、コミュニケーションがしたいと気がはやるばかりだった。
スタートアップにも会わず、オフィスに閉じこもり、日本人同士で会議をする毎日。シリコンバレーにいるにもかかわらず、英語を話す機会もなかった。
華やかさとは無縁の下積みの期間は、今でも“暗黒の缶詰期間”と呼んでいる。ただ、この2カ月があったからこそ、短期間でいくつもの協業を成立させられたのだと断言できる。
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