「私はこれだけやった」が通じないこともある
相続トラブルが深刻化する理由のひとつは、当事者同士の認識のズレです。介護をしていた子どもは、夜中の電話、急な体調不良での通院、介護サービスの契約、施設探し、親の愚痴や認知症の症状への対応といった負担を日々実感しています。
しかし、離れて暮らす兄弟姉妹は、その大変さを十分に理解していないことが少なくありません。
「近くに住んでいるのだから、ある程度は仕方ない」「母も長女を頼りにしていたのだから、それでよかったのではないか」「自分は仕事や家庭の事情で動けなかった」。それぞれに言い分があるのです。
その結果、介護をしていた子どもが「私はこれだけやった」と訴えても、「そこまで大変だったとは聞いていない」「勝手にやっていたのではないか」「母のお金から生活費や交通費を出していたのではないか」と言われてしまうこともあります。
介護をした側からすれば、感謝されるどころか疑われるわけで、これほどつらいことはありません。
親の預金を管理していた子どもが、逆にほかの兄弟姉妹から疑われることも
介護をしていた子どもが相続で不利な立場に置かれやすい理由は、もうひとつあります。親の預金を管理していた場合、他の相続人から使い込みを疑われることがあるという点です。
先のケースでも、母親の死後、康太さんが10年分の取引履歴を確認したところ、美智子さんが月々10万円前後を引き出していたことが分かりました。
実際には生活費や医療費、介護サービスの利用料に充てていたお金でしたが、領収書をすべて保存していたわけではありません。康太さんから「この出金は本当に母のために使ったのか」「自分の生活費に使っていたのではないか」と問われ、美智子さんは説明に苦労することになりました。
親の介護をしたことを評価してほしいと思っていたのに、逆に「使い込みではないか」と疑われてしまう。これも、相続の現場ではよくある深刻なトラブルです。
