「ありがたい老後」に潜んでいた落とし穴
転機になったのは、夫婦で予定していた2泊3日の旅行でした。
久しぶりに孫抜きで出かけようと、静かな温泉宿を予約していました。ところが出発の数日前、長男から連絡がありました。
「その週末、上の子を見てもらえないかな。夫婦で用事があって」
昭夫さんは一瞬、言葉に詰まりました。
「その日は旅行なんだ」
そう伝えると、長男は少し驚いたように言いました。
「そうなんだ。じゃあ仕方ないね」
責められたわけではありません。それでも昭夫さんは、なぜか後ろめたさを覚えました。
旅行先でも、夫婦は孫の話ばかりしていました。
「断ってよかったのかな」
「困っていたんじゃないかしら」
美代子さんがそう言うと、昭夫さんも黙ってしまいました。二人で楽しむための旅行なのに、心は家族の予定に引っ張られていました。
昭夫さん夫婦は、帰宅後に家計と予定を見直しました。孫へのお祝いは年に決めた範囲にする。塾代や生活費の援助は、子ども夫婦と具体的に話し合う。週末の預かりは毎回引き受けるのではなく、夫婦の予定を優先する日も作る。そう決めました。
昭夫さん夫婦は、決して不幸ではありません。孫はかわいく、旅行も楽しめる。貯金もあり、住まいにも困っていない。それでも、ため息が止まらなかったのは、自分たちの時間やお金の使い方を、いつの間にか家族の期待に合わせすぎていたからでした。
高齢期の豊かさは、家族に囲まれることだけではありません。自分たちの体力や気持ちに合った距離で、家族と関わることも大切です。
孫の成長を見守ることは大きな喜びです。しかし、その喜びを長く続けるためには、祖父母自身の暮らしを守る線引きも必要になります。
昭夫さんは、家計簿を閉じながら言いました。
「助けたい気持ちはある。でも、俺たちの老後も、俺たちのものなんだよな」
その一言に、美代子さんは静かにうなずきました。
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