FIRE後に見落としがちな「資産」
FIREというと、必要資産額や運用利回りばかりが注目されがちです。しかし、退職後の課題は必ずしもお金だけではありません。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』では、なんらかの社会活動に参加している高齢者のうち、生きがいを感じている人の割合は84.6%となっています。社会活動に参加していない人との差は23.0ポイントでした。
この結果だけで因果関係を断定することはできません。しかし、なんらかの形でありのままの自分を他者や社会に共有し、関わりを持っている人ほど、人生に対する幸福度や生きがいを強く感じている傾向があることは、紛れもない事実といえるでしょう。佐藤さんが陥った喪失感も、まさにこの「社会との接点」という目に見えない資産を失ってしまったことが原因でした。
4年ぶりのサラリーマン復帰
その後、佐藤さんは約1年かけて就職活動を行い、最終的に知人の紹介を通じて企業の経営企画部門に籍を置くこととなりました。
復職初日の朝、佐藤さんは独特な緊張感のなかにいました。4年ぶりのスーツ。以前よりもなんだか似合わないように感じます。少し不器用な手つきでネクタイをきゅっと締め上げると、驚くほど気持ちがピシッと引き締まっていくのがわかりました。
駅のホームに向かうと、かつては苦痛でしかなかった朝の通勤電車の雑踏すら、その日は不思議と心地よく、自分が再び社会の営みの一部に溶け込んでいくような高揚感を覚えたといいます。
オフィスのデスクに座り、新しく支給されたパソコンの電源を立ち上げる。周囲の社員たちと何気ない挨拶を交わす。社会のなかに身を置くと、これまでの4年間の孤独と虚無が、みるみるうちに溶けていくのを肌で実感しました。
以前のようなフルタイム勤務ではありません。勤務日数や業務内容を調整しながら、自身の経験を生かせる働き方を選択したそうです。
「生活のために働く必要はありませんでした。ただ、毎朝行くべき場所があり、社会との接点を持てる充実感は、何物にも代えがたいものです」
FIREの本質は働かないことではなく、働くか働かないかを自分で選択できることです。資産形成は人生を豊かにするための手段であり、目的ではありません。お金の準備と同じくらい、人生の準備も重要なのではないでしょうか。
波多 勇気
波多FP事務所 代表
ファイナンシャルプランナー
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